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女子レスリング伊調馨選手へのパワハラ疑惑報道、不可解な「きっかけ」

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布施鋼治『なぜ日本の女子レスリングは強くなったのか 吉田沙保里と伊調馨』双葉社

布施鋼治『なぜ日本の女子レスリングは強くなったのか 吉田沙保里と伊調馨』双葉社

 女子レスリングでオリンピック4連覇の偉業を成し遂げた伊調馨選手(33ALSOK所属)が、元コーチで日本レスリング協会強化本部長の栄和人氏(57)によるパワハラ被害を受けていた――? 31日発売の『週刊文春』3月8日号(文藝春秋)の報道が、波紋を広げている。

 同誌によると、今年118日、内閣府公益認定等委員会宛に、日本レスリング協会幹部らの不祥事が記された告発状が届いた。A4用紙7枚に及ぶ告発状には、栄和人氏による伊調馨選手へのパワハラ、そして「伊調が師事するコーチに対する不当な圧力」「伊調の男子合宿への参加禁止」「彼女がリオ五輪まで拠点としていた警視庁レスリングクラブへの“出禁”処分」への言及があったという。告発状を作成したのは、貞友義典弁護士。

 高校・大学時代に栄氏の指導のもとでレスリングに打ち込んでいた伊調選手は、大学2年生の時に出場した2004年のアテネ五輪で金メダルを獲得。その後、2008年の北京五輪、2012年のロンドン五輪、2016年のリオ五輪と、五輪4連覇という快挙を遂げ、2016年には国民栄誉賞を受賞している。しかし同誌は、その裏で、栄氏や協会との確執に苦悩していたと伝えている。

 記事によれば伊調選手と協会および栄氏との確執が生まれたのは、2008年の北京五輪後、伊調選手および姉の千春さん姉妹が怪我を理由に東京で開かれる世界選手権を欠場したことがきっかけ。2009年に伊調選手は栄氏の元を離れ東京に移り、当時レスリング全日本男子のコーチをしていた田南部力氏(42)の指導を受けるようになった。男子選手との練習を重ねるようになったのだが、これが「栄氏の逆鱗に触れ、“パワハラ”の引き金になった」という。2010年の世界選手権で伊調選手は優勝するが、栄氏は田南部氏に対して「伊調のコーチングをするな」「言うことを聞かなければ男子代表コーチを外す」と言い放ち、また同時期には別の協会幹部からの田南部氏への圧力があった――という。

 2012年のロンドン五輪後以降、パワハラはさらにエスカレートし男子の合宿練習への参加が禁じられ、伊調選手は2016年のリオ五輪では搭乗する飛行機のクラスなどで吉田沙保里選手らと待遇格差を受けたそうだ。そんな中にあっても、2016年リオ五輪で4度目の金メダルを獲得した伊調選手だが、それまで練習拠点としていた警視庁の練習場の出入り禁止を言い渡され、田南部氏も警視庁のコーチを外されてしまう。練習場を“出禁”にされることは、「選手としては死刑宣告に等しい」という。さらに伊調選手は、JOC強化指定選手からも外されている。これでは2年後に開催される東京五輪での五連覇どころではないうえ、そもそも、東京五輪出場には「来年の世界選手権出場が必須」。世界選手権出場には12月の日本選手権を勝ち抜かなければならないため、非常に困っているそうだ。

 同誌の取材に応じた伊調選手は、「自分が求めれば、練習させてくれるところはたくさんあると思う」と語る一方で、「私が(練習に)行ったことで、栄(和人)監督による圧力が周りの方にかかるのはちょっと懸念している部分」「自分が行く先、行く先、栄監督の目があるので、なかなか(難しい)。狭い世界なので、私がどこに練習に行ったというのはすぐわかるのでストップがかかることも……」と困惑を窺わせている。また、東京進出後、栄氏に『よく俺の前でレスリングできるな』と言われたとも明かしている。

なぜ目の敵にしているのか?

 どうにも不可解なのは、パワハラのきっかけになったという2009年の部分だ。これらパワハラ内容がすべて事実だとしたら、栄氏は伊調選手および田南部氏を敵視しているかのようだ。すでに離れたとはいえ元教え子であるのに、一体なぜなのか。男子選手との練習を重ねることがなぜ「逆鱗に触れる」のか。手の内から離れていくこと自体を「裏切り」と捉えているのだろうか? まさか派閥争い? そんなことでメダリストに道場を使わせないなんてありえるだろうか。とにかく疑問が膨らむばかりだ。

 しかし告発された栄氏は、田南部氏へのパワハラを否定しており、あくまで「注意」だったと言う。『男子合宿に参加するな』についても「ダメとは言っていないですよ。和を乱さないように注意した」。『よく俺の前でレスリングできるな』は「その後の(伊調選手の)振る舞い(が悪いから)だと思うよ」と、否定している。

 日本レスリング協会は31日に報道内容を否定する文書を発表した。

『当協会が伊調選手の練習環境を不当に妨げ、制限した事実はございません』
『田南部力コーチに対し、伊調選手への指導をしないよう不当な圧力をかけた事実もございません』
『警視庁レスリング部に対して、伊調選手を練習に参加させないことや、田南部コーチを指導から外すよう働きかけた事実も一切ございません』

 栄氏もカメラの前で「僕のなかでは一切やっていないと思いますけど、そこは彼女がそう感じていたのであったら、彼女がどう思っていたかは大事であって、そこはまた一緒に話す機会があれば話すべきだと思いますので」と語った。

 伊調選手は1日、所属先のALSOKを通じて次のコメントを発表した。

『報道されている中で、「告発状」については一切関わっておりません。しかるべき機関から正式に問い合わせがあった場合は、ご説明することも検討したいと思っています。それ以外、お伝えすることはございませんが、私、伊調馨はレスリングに携わる者として、レスリング競技の普及発展を常に考えております』

 また、告発状を作成した貞友義典弁護士は1日『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ系)の取材に応え、伊調選手が次のオリンピックに出たいと希望しているにもかかわらず、「練習場、あるいは練習する機会が奪われていることについて周りの方々が心配をして私に依頼した」と告発に至った経緯を説明した。

 一方で、谷岡郁子・レスリング協会副会長は、この報道を受けてTwitterで、栄氏を擁護する投稿をしており、吉田沙保里選手もこれをリツイートしている。

「栄監督は、週刊文書が描いているような人物ではないと、私は保証します。口下手で不器用な熱血漢。欠点もあるし、誤解されやすいけど、選手が大事で陰湿ではない。だから、私が創ったレスリング部を二十数年任せてきた」
「陰湿なパワハラ体質が中心にあって、沙保里はじめこれだけの強くも明るく、爽やかなチャンピオンたちが育つと思いますか?栄監督の指揮の下、高校生、大学生でこの9年余、退部者は1人もいません。事実が人間性の証明」

 ただ、『週刊文春』の報道では、あくまで伊調選手が“門下生でなくなった”ことから嫌がらせをするようになったという文脈である。谷岡副会長のいうように門下生のことは大事にし、選手たちからの信頼も厚いとしても、「部外者」となった人間に対してどういった態度に出るかはわからないところなのだ。また、『週刊文春』では伊調選手と田南部氏サイドの視点で全体を見ているが、協会や栄氏側が「伊調選手と田南部氏サイドに致命的な問題行動があったため、応援できない」という判断を下している可能性も現時点では否定できない。

 日本レスリング協会は週明けに、伊調選手と栄本部長それぞれに事情を聴取するという。今後の動向が引き続き注目される。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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