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※この記事はメタモル出版ウェブサイトに掲載されていた成田祟信さんの連載「管理栄養士パパのみんなの食と健康の話」を再掲載したものです
母乳は、赤ちゃんにとって素晴らしいものです。出産や育児の本を見れば母乳のメリットがたくさん書かれていますし、WHO(世界保健機関)も母乳育児を推奨しています。そして、母乳育児の割合はこのところ上昇傾向で、生後1か月では平成17年には42.4%だったのが、平成27年には51.3%と、ここ30年間で最も高い水準となっています(※1)。
「母乳育児のメリットが知られることで、母乳育児をする人が増えている」――、このこと自体はとてもよいことでしょう。ただ、私がちょっと気になっているのは、母乳育児のメリットはよく見かけるけれど、デメリットについて書かれたものをあまり見かけないことです。母乳のデメリットが知られたからといって母乳の素晴らしさが損なわれるということはありませんし、メリットとデメリットの両方を知ったうえで上手に与えてほしいと思います。
まず、母乳は「完全栄養」と言われていますが、本当でしょうか。じつは、母乳だけでは不足しがちな栄養素もあります。
そのひとつがビタミンKです。赤ちゃんは生後まもなく、K2シロップを投与されます。ビタミンKは血液が正常に固まるために必要な栄養成分ですが、新生児は体内に蓄えている量が少なく、母乳にも十分には含まれていないため、脳出血などを予防するため必要なのです。
もうひとつは鉄です。母乳には赤ちゃんにとって十分な量の鉄が含まれていません。ただ、赤ちゃんは体内に鉄をある程度蓄えた状態で生まれてくるので、すぐに不足することはなく、生後5~6か月頃になると不足しがちになります。離乳食を与える目安が5~6か月頃からなのには、こうした理由もあるんですね。なお、低体重で生まれてきた赤ちゃんは鉄の貯蔵量が少ないことが予想されますので、5~6か月前でも不足することがあります。母乳だけにこだわらず、粉ミルクを活用するなどして、鉄を補給できるような配慮が必要です。
そのほか、日照量の少ない冬には母乳中のビタミンDが少なくなることがありますので、魚やきのこなどのビタミンDが豊富な食品をとるなどして気をつけるとよいでしょう。
ちなみに粉ミルクの場合は、鉄とビタミンDが十分に入っていますので、不足することはありません。だから、母乳育児の場合でも、離乳食の調理に粉ミルクを使うのもいいと思います。
さて、そもそも母乳に含まれる大体の栄養素は、お母さんが食べたものの影響をさほど受けないことが知られていて、特に赤ちゃんの成長に欠かせない大切な成分は常に一定に保たれるようになっています。たとえお母さんが栄養不足であっても、赤ちゃんには優先的に栄養がいく仕組みになっているのです。つまり、栄養不足のお母さんが母乳育児をすると、文字通り身を削ってしまうことになります。
特に鉄や亜鉛、カルシウムといったミネラルは赤ちゃんの成長のために大事な栄養素なので、お母さんが食べものから十分に摂れないときには、体内に蓄えている分が母乳へ移行します。この時期にカルシウムを十分に摂らないと将来の骨粗鬆症の原因にもなりますから、母乳育児をしたい人は、妊娠中はもちろん、産後もミネラルたっぷりの食事を心がけてくださいね。赤ちゃんが健やかに育つことも大切ですが、お母さんの健康も同じように大切です。
母乳育児は赤ちゃんにとってよいものですが、あくまでも赤ちゃんが健やかに成長するための手段のひとつであって目的ではありません。このことに限らず、手段が目的になってしまうと問題点を見逃してしまうことがよくあります。
母乳が十分に出ないとき、赤ちゃんの栄養不足が懸念されるとき、お母さんの心身の負担が大きく母乳育児を続けることが困難な場合などは、粉ミルクという手段を使うのもいいでしょう。目的は「赤ちゃんが健やかに育つこと」であって、「母乳を与えること」ではありません。「母乳でなければ!」と自分を追い込んだり、罪悪感を持ったりしないようにしてくださいね。
※1厚生労働省平成27年度 乳幼児栄養調査結果より

成田祟信『新装版 管理栄養士パパの親子の食育BOOK』(内外出版社)