それは二月六日の出来事だった。
「下とかじゃない上とかじゃない 見せつけるジェンダーレス 大事なのは変化です 不可能と言われた青いバラだってできたように 私はやってやる」
テレビ朝日系のMCバトル番組『フリースタイルダンジョン』に出演した一人のラッパーが、モンスター・呂布カルマと対戦し、HIPHOPシーンのミソジニーを糾弾したのだ。
彼女の名は椿、福岡出身の26歳である。LIBRA主催のMCバトルの全国大会・ULTIMATE MC BATTLE(以下UMB)に女性初の本戦出場を果たし、女性限定MCバトル・CINDERELLA MC BATTLEの第二回大会では優勝、2017年末には1stアルバム『美咲紫』を発表するなど、10年のキャリアの中で着実に実績を重ねてきた。
「I’m a ラッパー ラップするお姉ちゃんとは違う」(「I’m a ラッパー」)というリリックの通り「一人の女性」以前に「一人の人間」としてステージに立ち続ける椿は、現在のHIPHOPシーンをどのように見てきたのか。二月某日、サイゾー本社にて話を聞いた。
花が欲しいだけなら他行きな(「ふるぼっこ feat.MC Frog」)
――二月六日のフリースタイルダンジョン放送後、どのような反響がありましたか。
椿:一般の視聴者の方がとても多くの反応を示して下さいました。特に性差別とか、ジェンダーの問題に敏感な人たち。それをHIPHOPの内部の人間は「外の人が色々言ってんな」と解釈している面があると感じました。必ずしも女性だったら私の主張に賛同してくれて、男性は理解できない、というわけではありませんでした。仲間からは、「自分たちは椿のスタンスを知っているから理解できるけど、バトルだけじゃ伝わりにくいよね」と言われました。
――現場では椿さんの主張に対するリアクションはありましたか。
椿:収録日はすごくいろんな方に話しかけて頂けましたね。女性ファンに「私たちの希望です」と言われたり、「あなたがやろうとしているのは一番難しいことだと思います」と声をかけてくれた男性ファンもいて……キャッチする人はキャッチするんだなーと思いました。
現場では「フィメールラッパーで一番だと思います」というニュアンスの反応が多いです。
――椿さんはフィメールラッパー限定の大会「CINDERELLA MC BATTLE」の第一回・第二回に出場し、第一回では特別賞受賞、第二回では優勝を果たしています。私はCINDERELLA MC BATTLEが他のバトルと違って、初めからオーディション制・顔写真必須だったことに強い違和感を感じています。「フィメールNo.1」というのはつまり、「女枠での評価」ということですよね。
椿:私はラッパーになりたくてラッパーになったのに、気付けばフィメールラッパーという枠の中で比べられていたことに違和感を感じてきました。下の世代の子たちが「フィメールラッパーに私もなりたいです」とか言ってくるのを聞くと、「フィメールラッパー」っていうのが誤解されている気がします。
「女枠」への一番でかいカウンターがUMB 2017の本選出場だったんですよ! もう念願(UMBは地方大会で優勝したラッパーが本選に出場するシステム)。UMBは性別不問の大会ですが、本戦に行くと「日本中の何千何百人を超えるエントリーの中から“日本一の男”を決めるために集まった〜」というナレーションが必ず入るんです。予選を含めたらいろいろな女性がエントリーしているのに、頂上決戦では日本一の「男」を決めるって言っちゃうんだ? って、ずっと疑問に感じてきました。今年やっとUMB本戦に出られたので、優勝したらみんなの前で「キング」に線を引いて「クイーン」って書いてやる! と思っていて。
――かっこいいですね!
椿:結果としてはベスト16で散ったので、その野望は叶わなかったのですが……でもあの時、もし私がUMB本戦の出場権を取ってなかったら……もっとやばかったと思うんですよ。フィメールの最終目標がCINDERELLA MC BATTLEの優勝、みたいになっちゃってた気がするんですよね。UMBのような男女混合の大会におけるクイーンの誕生を一つの道として示したら、何かが変わるんじゃないかと思ってるんです。これからもう10年かかる可能性もありますけど、いつか誰かがやらなくちゃいけないと思います。
もし日本一になれたら、「フィメールNo.1とかもう言うなよ」って、私は言いたいですね。
――「フィメールで一番」という呪いのような「褒め言葉」を浴びてきたんですね。
椿:そもそもそれが私にとって邪魔な言葉だと気付かない人が多いです。私は福岡代表としてUMBに出たのに、勝手に「フィメール代表」になってました。実際フィメールの本戦出場者は私が初めてだし、私も「ここで私がいいとこ見せられなかったらこの先二度とフィメールの出場者は現れないかもしれない、何が何でも勝ち登ってやる!」と思っていたので、そういう意味では確かにフィメールを背負ってる感覚はあったんですが……。
UMBの司会者が対戦者を紹介する時に、ずっと「次の男は……こいつだ!」っていうナレーションをしてたんですよね。私はたまたまトーナメント第一戦の最終試合だったんですが、最後に私が出てくる時、司会が「続いては……」でちょっと止まったんです。多分事前に何も考えてなかったんでしょうね。そしたら「次のフィメールは……こいつだ!」って言ったんですよ!
――うわあ……。
椿:もうその時点ですごく「踏みにじられた」と思ってイライラしまして、一回戦目の相手にも「初めてのフィメールだけど……」みたいなラップをしたんです。そしたら相手が「俺は何も言ってないのにそうやってお前がフィメールっていうのを持ち出してきてんだろう」って返してきて、「違う違う!」と思いました。現場の差別的な空気を受けての発言なのに、差別を感じるのは私だけであって大多数は私が脈絡もなく性別の話を始めたと受け取ったんだろうなと思ったら……もう果てしないなって思ったすね……。
――Twitter にも「差別を受信できるアンテナつけてやりたい」と書き込んでおられましたね。そもそもの感受性が違うせいで文脈を共有できないから話が噛み合わなくなったと。
椿:本当にそうなんです。よく「どっちが先にその話題を出した」って話になりますけど、「話題を出した」って意識するレベルが違うんですよね。UMBのナレーションだって、私がいる時点で最初から「次のMCはこいつだ!」にするべきだったんですよ。やっと本戦に立ってもまだこれかい! って、すごく幻滅しました。さらにその後試合で負けた後、主催者から「いや〜椿良かったね! やっぱりフィメールで一番だよ」と声をかけられて……その方は福岡予選の時に「男尊女卑が強い福岡で優勝したのはすごい!」とも言ってくれたので、何もわかってないわけではないと思うんですが……やっぱり「フィメールで一番」は日本一を決める大会の地方優勝者に対しての言葉じゃないですよ。他にも色んな方が同じことを言ってくれて……悪意がないのはわかっているんですけど、少し辛かったですね。
世直し 異端児 極端 ロクデナシ(「ふるぼっこ feat.MC Frog」)
――CINDERELLA MC BATTLE第一回大会ラストのフリースタイルで、「どっかで認めてるくせにどっかで否定し続けてきた自分の性別」というバース(フレーズのこと)が出てきましたが、椿さん自身と「女性」というジェンダーとの葛藤について詳しくお伺いしてみたいと思います。ジェンダーの枠組みに対する違和感はいつ頃からありましたか。
椿:一番最初に感じた違和感は「『女の子らしくしろ』って何なん?」ということです。うちは堅い家で、お父さんが「女の子らしくしろ」みたいなことをすごく言う人でした。小さい頃からお兄ちゃんと一緒に遊んでいて、ミニ四駆とかビーダマンとか、ちょっと大きくなってからはエアガンでサバイバルゲームなんかをしていたのですが、お父さんは私を兄ちゃんとの遊びから遠ざけようとしてくる感じがあって。他にも、何か主張すると「もっと言い方があるだろう」と言われたり、可愛い子ぶったお願いをされたがったり……あとはお兄ちゃんが叱られて外に出されてる時に私がしれっとしてたら、「女の子は『お兄ちゃんを入れてあげて』ってお願いするものでしょう」と言われたこともあります。「お父さん、何言ってんだろう?」と思いましたね。でもちっちゃい頃はそのくらいで、自分の性別そのものに対する違和感はなかったです。
――周囲の友達に「あいつ女のくせに男と遊んでる」と言われたりはしませんでしたか。
椿:ああ、それを初めて言われたのは中学校1年生の時でした。小学校の頃は田舎の学校に通っていて、自分も周りものびのび健全に育っていたんですが、中学の頃福岡のヤンキーが多い地域に引っ越したんです。昔から男の子ともよく遊んでいて思春期の恥じらいみたいなものもなかったので、「あの子がんがん男の所に行って男好きだね」って言われました。その時は驚きましたが、大して気にはしていなかったです。
で、中学校2年生くらいから荒れてしまいまして……その頃、とある5個上の男の先輩に声をかけられて、地元でカラーギャングをやっていた先輩集団と絡むようになりました。「俺たちといる方が自分らしいんじゃないか」と理解を示してくれた先輩との出会いから、全ては始まったんです。
――原点はギャングとの邂逅だったと。
椿:そうですね。そもそも私はずっと一匹狼で、周囲からは浮いてたんです。そうしたら男の先輩たちが「じゃあお前が何年の代の女の頭だ」とか言い出すわけですよ(笑)。で、「女の頭」という立場を与えられてしまうと、何か揉め事が起こった時に引っ張り出されるようになるんです。でも中には、私が何か発言をする度に「お前女のくせにしゃしゃんな」と言ってくる人もいて……「どうすりゃいいんだろう」と思っていましたね。どんな口論をしても、結局は「女がしゃしゃり出てんじゃねー」とか「女のくせにお前気が強くてマジでかわいくねえったい!」と言われてしまう。
――椿さんの行動全てが体の形で判断されてしまってたんですね。
椿:私が正しいことを言っても、男の先輩は女にまとめられることに抵抗があるから、自分で着地しようとするんです。
――九州っていう土地柄の影響もありますよね。
椿:九州は……やばいですね。中学校時代、「お前、しゃしゃるなら坊主にしろ」って言われてバリカン持って追いかけ回されたこともあります(笑)。とんでもないですね。「男も女も関係ないですよ!」と先輩に反論しようものなら、「関係ないって言うならお前俺に殴られても文句言うなよ」って言われたり。暴力を介さないと人間関係を築けなかったんでしょうね……。
私は押し付けられたものに乗っかって黙らせる方法を取ってました。「それはおかしい」って反論しても平行線なんで、それで気が済むならどうぞと……まぁ坊主にはしなかったんですけど(笑)。言いがかりつけられないようになるべく女性っぽい振る舞いも格好も避けて、男の制服を着て学校に行ったこともあります。
――当時周りに女性は全くいなかったんですか。
椿:その特殊な集団の中にはいなかったですね。私の友達はみんな先輩達に「あいつと絡み続けるならお前ら全員くらすぞ!(ど突くぞ、殴るぞ)」って脅されたんです。それを相談されたので、危ないと思って「じゃあもう私とつるむのやめな」って……みんな1回切りました。どこにも馴染めませんでしたね。結局それがラップをやる起源になったんですけど。
――ラップは15歳から始められたんですよね。
椿:中学生の時からリリックは書いてました。初ライブも15歳です。そういった集団の中で、各世代ごとにラップをやっている先輩がいたんですよ。「一番下の世代誰がやる?」「私がやる」っていう流れで、もうラッパーになることが決まってたんです。
でも、ほとんどの先輩は女がラップすること自体よく思っていませんでした。「HIPHOPは男の土俵やから無理やろう」って言われて。ただ一人、本当に理解してくれてる5個上の先輩に「女に生まれなければ良かったです」って毎日言ってたら、「HIPHOPってどういうところから生まれたか知っとる?」という話をしてくれたんですね。私が今差別を感じている意識も、HIPHOPだったら生かせるんだってことを教えてくれたのはその方なんです。
――中学卒業されてからはどういう生活をされてたんでしょうか。
椿:卒業後は大工になりました。ラッパーになってからすぐ「口ではなんとでも言える」「お前が男女関係ねえってマイクを使って口で言ったところで何の後ろ盾も核心もねえんだよ」って言われたんです。それを言ってきた先輩が「男は肉体労働!」という誇りを持ってる方だったので、「それならこの人が常日頃から賛美している肉体労働者になって認めさせてやろう」と思って。結局私はラッパーとしての説得力を得るために、男の世界で叩き上げる道を選んで現場仕事と活動を両立させました。
――何度もリリックやフリースタイルでくる「叩き上げ」っていうのは、ここから始まってるんですね。
椿:はい、そうでもしないと対等に見てもらえなかったんですよ。だから……人生使ったなーっていう感覚ですね。
――人生を使ったカウンター。
椿:本当にわかりやすく掌返りました。「女なのにすごいね」って。
――「女なのに」がつくんですね……。
椿:そう。たぶん今もその反応に大差はない気がします。でも、小さいことでもひっくり返し続けてきたものが10年前よりは確実にあるんです。フリースタイルダンジョンも、今の私だから問題提起として成り立ったんだと思います。私以外のフィメールラッパーが同じことをしていたら、「女使ってる」とか「CINDERELLA MC BATTLE以外で結果出せてないくせに」とか言われていたんじゃないでしょうか。
――「女を武器にしてる」という言葉は女性対男性のMCバトルで頻繁に出てきますけど、どういうことなんでしょうね。
椿:なんなんでしょうね? 不思議なんですけど、私にとって女性であることは「対等に勝負をしたい」という姿勢に損しかもたらしていないのに、多くの男性は「女性ラッパーは女性であることで得をしている」と思っている気がするんです。性別で損をした経験は男性ラッパーにはないと思うんですが。
――第一回CINDERELLA MC BATTLEの最後のフリースタイルで、「女がHIPHOP語んじゃねえって言われて殴られて正座させられて水をかけられた」という衝撃的なエピソードが出てきました。この話について詳しくうかがってもいいですか。
椿:それも多分15歳の時……ちょうど初めてライブをしたぐらいの時期ですね。嫌な記憶です。これは一つのエピソードではなくて、バラバラの記憶の集合体なのですが、先輩に借りたHIPHOPのCDを返しますと電話したら、先輩の方から受け取りに来てくれたんです。それを聞きつけた怖い先輩が「先輩から借りといて自分で返しに来んとかどういう事だ」と怒って……深夜のダムに呼び出されたんですよ。行ったら男の先輩が20人くらいいて、「正座しろ」みたいな……。
この人は私の揚げ足を取りたいがために粗探しをしてこの話を持ち出してきたと分かっていたので、何しても無駄だと思いました。たまたま私が借りていたのがHIPHOPのCDだったので、「大体お前、HIPHOPとか聞いてラッパーかぶれみたいなことをやってるかもしれんけど、HIPHOPは男の土俵やけんな」「お前とか無理やろ」って詰められたんです。
――うわあ……。深夜12時のダムに一人で行ったというのがもう、すごいですね……。
椿:当時のギャングのルールは凄まじいものでした。まあでも極端にマッチョな思想を持っていた人は集団の一部です。あとの人は意外とあの秩序の理不尽さを理解していたけど、長いものに巻かれてるから止めてはくれませんでした。
で、その話がなんであのときフリースタイルで出たのかは本当に私も不思議でしょうがないんですけど……私も初めてCINDERELLA MC BATTLEに出るまで、私自身が自分を犠牲にしてこのような形に落ち着いてしまっていたことに気づいてなかったんです。
まず、出場した多種多様な女の子たちを見て、真っ先に「イロモノばかりだ、いけすかんな」って思ってたんですよ(笑)。自分のしたような苦労をしていない子たちを認められなかったんだと思います。MC バトルが流行りだして、いきなり女の子のラッパーだけで大会やるとか言い出して、さらに芸能プロダクション噛んでてビキニを着てる人もいて……ふざけんなよって(笑)。
この気持ちをモチベーションにして第一回に出場したんですが、FUZIKOさんに一回戦負けしました。今となっては感謝してるんですけど、FUZIKOさんは昔から好きだったので、なおさら悔しかった。私が目指してるのは「フィメールNo.1」じゃなくて「日本一」になることなのに、なんでこんな所でつまづいてるんだ!? と思って、楽屋に戻ったら涙が止まらなくなったんです。そしたら、他の出場者達が「椿さん!」って励ましてくれて。そこで「あれ? 私の怒りの対象はこの子達じゃなかった……?」と気付きました。「じゃあ何がいけすかないか」と考えた時に、女性性をスペックのように扱った見せ方や搾取の気配、やたら出場者のビジュアルに注目する客層の空気から、「差別的なものが美化されている」と思い至ったんです。私がもし第一回大会で優勝してたらいつまでたっても「椿を見習え」としか言われない空気だったんだろうと思えば、意味のある敗北でした。
たった一つ、変わらぬビジョン 無理だと言われても今に見てろ(「夜明けの空に」)
――椿さんが目指してらっしゃるのは人間を男と女のふたつの性別でしか考えない男女二元論や「男らしさ」「女らしさ」に対するカウンターであって、「女」から「男」へのカウンターではないですよね。それなのに椿さんの行動を見て「女だから男に対して攻撃しようとしてる」というような、すごく浅い感想を抱く人が多くいるな、と思っています。「男」「女」という固定された関係を乗り越えようという主張とは受け取られてない。そういう誤解に関してはどう思われてますか。
椿:そういう風に見られてるんですかね……? 多分今まで見たことのない力が怖いんだと思います。自分たちの信じてきた都合のいい女性像、フィメールは格下だっていう解釈が崩れるのが怖いんじゃないでしょうか。仲間を敬愛するときに性別は関係ありません。私は根底に(男性性に対する)トラウマがあるのでいざとなれば攻撃できますが、その対象は「男」ではなく、ひっくり返したい現状です。
まず、そんなに浅い問題じゃないことをわかってほしいですし、私がわざわざどういう土俵に乗っているのかを考えてほしいです。何も楽しくないですよ、地上波出てまであんな下ネタ言われたり……(注:椿さんがダンジョンに登場したのは二月六日の放送で二度目。一度目はあっこゴリラさん・FUZIKOさんと三人のチーム戦で、R-指定さん・サイプレス上野さん・DOTAMAさんと対戦した。R-指定さんが三人をAV女優になぞらえるなど女性蔑視的なdisが飛び交い、結局一回戦敗退のジャッジが下された)。
本当に何も楽しくないですよね。そこに出ることで何かをひっくり返せるなら最高だから出てるだけなんです。「10年間頑張ってきた娘が地上波に出る」と喜んでいたお父さんも、放送を見たらブチギレちゃって。「お前はこんなひどい世界でやろうとしてんのか」って怒って悲しむんです。私もその反応が悲しかった。「そんなんじゃないとよ、私は一切セックスアピールしてないし、勝手に向こうが言ってきて泥塗ってるだけなんだよ」って……。二回目のダンジョンは、まずそういう試合にならないことが理想でした。
呂布カルマさんとの試合の内容も、数ある選択肢の中の一つでしかありません。番組の紹介VTRでは私が「ミソジニーに物申す!」という態度で最初から臨んでいるように紹介されていましたが、ああいう映像が流れることも直前まで知りませんでした。バトル前に40分ほど受けたインタビューの中で、初めてダンジョンに挑戦したときの3on3について聞かれて、「ミソジニーまみれじゃないですか」と言ったのが前に出てきたんです。絶対カットされると思っていたので驚いているぐらい。それがわかっていない人から「もともと自分が打ち出してきたくせに何言ってんだ」とか「わざわざそういうテーマを持ってくんな」とか、色々言われました。
呂布カルマさん自身の人柄は好きなんですよ、嫌いじゃないんです。でも過去に差別的だなと感じる発言が多くあって……。そういう印象が元々私の中に刻まれていたので、呂布カルマさんが出てきた瞬間に反差別という選択肢が解放されました。あくまで即興なんで、テーマがどうとかって騒がれると「わかってねえなあ」って思うんですけど。
――呂布カルマさんとのバトルの中で椿さんが出した「加齢臭」というdisについて「差別だ」という反応がありましたが、それについてはどう思われますか。
椿:あれ意味わかんないすよね(笑)。
――中年の男性から自然に出てしまうものに対しての性差別じゃないか、ということですね。
椿:笑っちゃいましたね。お父さんに対して「お父さん最近加齢臭するよ」って言えるように、自分の娘に「メンス(月経)の匂いする」(注:フリースタイルダンジョンで呂布カルマさんが椿さんに言ったDis)って言えるのか? と思いました。加齢臭は男性に限った言葉ではないので、性差別的なDisとは全く違うものだと思ってます。「差別もバトルだから許される」という意見にはNOと言います。
――今のところバトルの中で出てくる差別語を規制したりルール違反とみなす意識は無いに等しいですが、今後どのように変わるべきだと思ってらっしゃいますか。
椿:ルール化は難しいと思いますが、ボディタッチと差別語を同等に扱うくらいの意識はあってしかるべきだと思います。例えば性差別でしかないDisがあったとしたら、私は究極マイクを置いたとしてもいいと思うんです。「差別に返す言葉はない、私はラップの勝負がしたいんだ」というメッセージとして、マイクを置いても勝てるような空気になってほしい。それができたら最高にヒーローですよね。
――それは大会の仕組みや審査側のモラルの問題ですよね。
椿:そうですね。人種と違って、性の差別になるとみんな本当に疎いんですね。女性も男性も割と鈍い。女性は傷つくうちに諦めてるのかもしれない。
――フリースタイルダンジョンには麻薬の話題など放送コードにひっかかる言葉を隠す「コンプラ」がありますよね。ストリートの考え方や使われている言葉を隠すよりそのままの用語を使うことの方が「リアル」だ、HIPHOPはそういうものだという立場の人もいます。「お利口さん」にならないことによって見えてくるものは確かにありますし、ストリートで育ってきた人に「表に出るならお利口さんになりなさい」というのも暴力的な押し付けだと思います。しかし差別的なこと言うのはやはり良くない……と、もやもやしているのですが……。
椿:そうですね、「お利口さん」はやろうとしてもできないし、逆に取り繕うほうが気持ち悪いですよね……。コンプラに関しては、「なんでここはかけなかった!?」と思うことがあります。いくら表に見える部分だけクリーンにしたって、結局現場では「お前はゲイだ」とか言って上がったり女性蔑視みたいな曲でぶち上がっている人がいたり。
ただ私は、差別的な曲を歌うラッパーがいたら会場を出ます。そこに参加したくないので。「違う」と思ったらどんどん行動で示していく人が増えたらいいのかなと思いますね。フィメールラッパーに対しての下ネタ発言とかが出た時には、人種差別発言のように冷ややかな空気になるだけで多分変わると思うんですよ。そういう空気感がどんどん浸透して、女性差別に対しても「あいつゲスいね」っていう反応が増えれば多分みんな少し考えるようになるんじゃないでしょうか。
今フリースタイルダンジョンを見て喜んでいる層ってめちゃくちゃ若い子も多いじゃないですか。実際放送を見ためちゃくちゃ若いアカウントから「所詮女が」みたいなリプとか来て……(笑)。あぁ……この子達がどこかで簡単に人を傷つけてしまうんだろうなと思うと、いたたまれない気持ちになります。やっぱりフリースタイルバトルだけじゃHIPHOPのマインドは身に付かないんです。
――フリースタイルダンジョンがプラスだったのは、新規参入する人が増えることによって多少内輪の世界に空気が流れるようになったことがあるかな、と思いました。
椿:どの問題に対しても意外と大御所がだんまりしてるので、(ブーム以前では)この風は吹かなかったんだろうなと思うことはあります。名前もあって影響力のある人でも、とんでもないことや無関心でしかない発言を説得力あるように語ってたりするので、ちょっと怖いです。みんな差別の話題を避けてるんじゃないでしょうか。今まで何度もバトルに出ていますが、全く差別的な姿勢を取らずに対等に向かい合ってくれた人はとても少ないです。そのぶん、対等に戦えた相手はとても印象に残っています。
――差別的ではないバトルのほうがよっぽど少ないと。
椿:どんなにかっこいい、性格のいいラッパーでも、差別語はぽろっと出てきてしまう。周りのマイメンに「実際私とバトルする時にそういう単語が出ない自信ある?」って聞いたら、「椿相手なら出ないと思うけど他の女の子ラッパーと当たったら絶対言ってしまうわ」って言ってて。「そうだね、しかも『椿を見習え』とか言うやろ?」って話してました。
――「椿を見習え」はADRENALIN2015でCHARLES(シャルル)さんとMOL53(もえるごみ)さんが戦ったときに、MOL53さんが吐いたバースですね。
椿:「椿を見習え、お前じゃ足りねえ」ですね。MOL氏はマイメンなんで、私のマインドまで理解した上での発言だからオッケーなんですけど、あの発言に影響されたのか他の人にも同じことをよく言われるようになりました。それで私を褒めてるつもりなんでしょうね……。フィメールの枠にはめて比べる言葉は私のことも傷つけてるんだと知ってくれ! って思います。
――椿さんのバトルは相手がひどいことを言っていても椿さんが反差別の意思を持って戦ってらっしゃるのである程度安心して見られるんですが、「女枠での評価」をフィメールラッパー側が受け入れてしまっているバトルは見ていてしんどいです。
椿:「私の方が可愛い」て言い合ったりね。しんどいですね……それを変えたいです。好きでやってるならそれでいいんですけど……。それを面白がる人は、彼女たちをラッパーとして評価しているわけではなくて見下してるんだと思うので。
先ほどもお話したように、CINDERELLA MC BATTLEの時に見え方が変わっちゃったんです。私だけが正統派ラッパーだと表明するのは簡単ですが、それをしている限り多様性は絶対に認められないですから。
私達は知りたい 何が隔てた? 「こちら」と「あちら」 美咲の川(「美咲紫」)
――シーンにはホモフォビックな発言も多いですよね。
椿:ありますね、嫌ですね。そういう人たちの葛藤も背負って「ジェンダーレス」、「gender Jess」を着ています(注:gender Jessとは、葉山潤奈さんによるジェンダーレスファッションブランド。ダンジョン収録日・取材日に椿さんが着用していた)。
――椿さんは女性差別以外にも部落差別へのカウンターも明言されてらっしゃいますが、それに関しては何かきっかけがあったんでしょうか。
椿:思春期を、悲痛なバックボーンを背負った仲間と過ごしました。彼らは人生に選択肢がないために、格差や貧困といった負の連鎖から脱することができないんです。理不尽な状況だと思っていても当時の私は無力で、成す術はありませんでした。
カラーギャングをやっていた先輩達には地元の部落にルーツを持つ人が多くて……彼らはどこかに憎しみを抱えていました。「俺らの先祖は食事の配給の時にお皿をもらえなかった」「『手を出せ、部落のやつにやる皿なんてない』と言われた」とか、そういった差別の記憶を強く伝承しているんです。
裏社会で生きて手を汚さざるをえなかった先輩の中には、学歴を積んで弁護士を目指した人もいました。彼は「俺はこの街で唯一の公務員になって現状を変えるんだ」と言っていたのですが、結局捕まってしまいました。彼の果たされなかった想いは、私の中にずっと残されています。
そういった経験の中で、差別は差別を生み出すのだと知りました。差別された経験が強さへの執念になり、弱者への嫌悪になるような、そういう悪循環があるんです。私を率先していじめていた人達の中にもそういった屈折を感じました。逆に、ひどい状況だからこそ人格者になった人もいます。
今は多少減ってきましたが、部落の地域の運動会に参加したって言うと親がいい顔しなかったり、先生に「最近どこの先輩と遊んでるの」って聞かれて「向こう側の先輩と遊んでるよ」って言ったら「ダメよ!」と言われたこともありました。「なんで」って聞いても答えられない。「年の離れてる男の人と遊ぶと怖いこともあるかもしれないから」とか言うんですけど、「でも今、向こう側の先輩としか言ってないよね? 男とも年が離れてるとも言ってないよね?」って。信頼していた人間のそういう一面を垣間見てしまう時、一番悲しくなります。差別が差別を生む負の連鎖を、声を上げる事で断ち切っていきたいんです。「私なんて……」と下を向いている人が、「私だって!」と奮い立つような音楽をしたいんです。
――椿さんは昨年末ニューアルバム「美咲紫」を出しました。どんな人に一番届けたいですか。
椿:人生が行き詰まってる人ですかね。結局生きるか死ぬかしか歌ってないので。言葉に救われる人って存在すると思うんです。
――椿さんのリリックに救われる人、すごくたくさんいると思います。ちなみに、今後もバトルは出られるんでしょうか。
椿:バトルは……そうですね、出ます。正直出たくないんですけど、まだやらなくちゃいけないことがあるので。
――最後に、生きづらさを抱えるリスナーに対して何かメッセージをお願いします。
椿:アルバムを聞けば分かると思います。本当はもっと言いたいことがたくさんあって、色々な問題について突っ込みたいんですけど、ラッパーである以上ラップの表現からかけ離れた社会的な動きをすると「曲で言えよ」とか「寒い」っていう見られ方をされるので。力をつけて、一番いいタイミングで一番言いたいことをぶちまけた作品を世に残したいと思います。
(聞き手・構成/巣矢倫理子)