「フリースタイルダンジョン」でシーンのミソジニーを喝破したラッパー・椿の“人生を使ったカウンター”

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世直し 異端児 極端 ロクデナシ(「ふるぼっこ feat.MC Frog」)

――CINDERELLA MC BATTLE第一回大会ラストのフリースタイルで、「どっかで認めてるくせにどっかで否定し続けてきた自分の性別」というバース(フレーズのこと)が出てきましたが、椿さん自身と「女性」というジェンダーとの葛藤について詳しくお伺いしてみたいと思います。ジェンダーの枠組みに対する違和感はいつ頃からありましたか。

椿:一番最初に感じた違和感は「『女の子らしくしろ』って何なん?」ということです。うちは堅い家で、お父さんが「女の子らしくしろ」みたいなことをすごく言う人でした。小さい頃からお兄ちゃんと一緒に遊んでいて、ミニ四駆とかビーダマンとか、ちょっと大きくなってからはエアガンでサバイバルゲームなんかをしていたのですが、お父さんは私を兄ちゃんとの遊びから遠ざけようとしてくる感じがあって。他にも、何か主張すると「もっと言い方があるだろう」と言われたり、可愛い子ぶったお願いをされたがったり……あとはお兄ちゃんが叱られて外に出されてる時に私がしれっとしてたら、「女の子は『お兄ちゃんを入れてあげて』ってお願いするものでしょう」と言われたこともあります。「お父さん、何言ってんだろう?」と思いましたね。でもちっちゃい頃はそのくらいで、自分の性別そのものに対する違和感はなかったです。

――周囲の友達に「あいつ女のくせに男と遊んでる」と言われたりはしませんでしたか。

椿:ああ、それを初めて言われたのは中学校1年生の時でした。小学校の頃は田舎の学校に通っていて、自分も周りものびのび健全に育っていたんですが、中学の頃福岡のヤンキーが多い地域に引っ越したんです。昔から男の子ともよく遊んでいて思春期の恥じらいみたいなものもなかったので、「あの子がんがん男の所に行って男好きだね」って言われました。その時は驚きましたが、大して気にはしていなかったです。

で、中学校2年生くらいから荒れてしまいまして……その頃、とある5個上の男の先輩に声をかけられて、地元でカラーギャングをやっていた先輩集団と絡むようになりました。「俺たちといる方が自分らしいんじゃないか」と理解を示してくれた先輩との出会いから、全ては始まったんです。

――原点はギャングとの邂逅だったと。

椿:そうですね。そもそも私はずっと一匹狼で、周囲からは浮いてたんです。そうしたら男の先輩たちが「じゃあお前が何年の代の女の頭だ」とか言い出すわけですよ(笑)。で、「女の頭」という立場を与えられてしまうと、何か揉め事が起こった時に引っ張り出されるようになるんです。でも中には、私が何か発言をする度に「お前女のくせにしゃしゃんな」と言ってくる人もいて……「どうすりゃいいんだろう」と思っていましたね。どんな口論をしても、結局は「女がしゃしゃり出てんじゃねー」とか「女のくせにお前気が強くてマジでかわいくねえったい!」と言われてしまう。

――椿さんの行動全てが体の形で判断されてしまってたんですね。

椿:私が正しいことを言っても、男の先輩は女にまとめられることに抵抗があるから、自分で着地しようとするんです。

――九州っていう土地柄の影響もありますよね。

椿:九州は……やばいですね。中学校時代、「お前、しゃしゃるなら坊主にしろ」って言われてバリカン持って追いかけ回されたこともあります(笑)。とんでもないですね。「男も女も関係ないですよ!」と先輩に反論しようものなら、「関係ないって言うならお前俺に殴られても文句言うなよ」って言われたり。暴力を介さないと人間関係を築けなかったんでしょうね……。

私は押し付けられたものに乗っかって黙らせる方法を取ってました。「それはおかしい」って反論しても平行線なんで、それで気が済むならどうぞと……まぁ坊主にはしなかったんですけど(笑)。言いがかりつけられないようになるべく女性っぽい振る舞いも格好も避けて、男の制服を着て学校に行ったこともあります。

――当時周りに女性は全くいなかったんですか。

椿:その特殊な集団の中にはいなかったですね。私の友達はみんな先輩達に「あいつと絡み続けるならお前ら全員くらすぞ!(ど突くぞ、殴るぞ)」って脅されたんです。それを相談されたので、危ないと思って「じゃあもう私とつるむのやめな」って……みんな1回切りました。どこにも馴染めませんでしたね。結局それがラップをやる起源になったんですけど。

――ラップは15歳から始められたんですよね。

椿:中学生の時からリリックは書いてました。初ライブも15歳です。そういった集団の中で、各世代ごとにラップをやっている先輩がいたんですよ。「一番下の世代誰がやる?」「私がやる」っていう流れで、もうラッパーになることが決まってたんです。

でも、ほとんどの先輩は女がラップすること自体よく思っていませんでした。「HIPHOPは男の土俵やから無理やろう」って言われて。ただ一人、本当に理解してくれてる5個上の先輩に「女に生まれなければ良かったです」って毎日言ってたら、「HIPHOPってどういうところから生まれたか知っとる?」という話をしてくれたんですね。私が今差別を感じている意識も、HIPHOPだったら生かせるんだってことを教えてくれたのはその方なんです。

――中学卒業されてからはどういう生活をされてたんでしょうか。

椿:卒業後は大工になりました。ラッパーになってからすぐ「口ではなんとでも言える」「お前が男女関係ねえってマイクを使って口で言ったところで何の後ろ盾も核心もねえんだよ」って言われたんです。それを言ってきた先輩が「男は肉体労働!」という誇りを持ってる方だったので、「それならこの人が常日頃から賛美している肉体労働者になって認めさせてやろう」と思って。結局私はラッパーとしての説得力を得るために、男の世界で叩き上げる道を選んで現場仕事と活動を両立させました。

――何度もリリックやフリースタイルでくる「叩き上げ」っていうのは、ここから始まってるんですね。

椿:はい、そうでもしないと対等に見てもらえなかったんですよ。だから……人生使ったなーっていう感覚ですね。

――人生を使ったカウンター。

椿:本当にわかりやすく掌返りました。「女なのにすごいね」って。

――「女なのに」がつくんですね……。

椿:そう。たぶん今もその反応に大差はない気がします。でも、小さいことでもひっくり返し続けてきたものが10年前よりは確実にあるんです。フリースタイルダンジョンも、今の私だから問題提起として成り立ったんだと思います。私以外のフィメールラッパーが同じことをしていたら、「女使ってる」とか「CINDERELLA MC BATTLE以外で結果出せてないくせに」とか言われていたんじゃないでしょうか。

――「女を武器にしてる」という言葉は女性対男性のMCバトルで頻繁に出てきますけど、どういうことなんでしょうね。

椿:なんなんでしょうね? 不思議なんですけど、私にとって女性であることは「対等に勝負をしたい」という姿勢に損しかもたらしていないのに、多くの男性は「女性ラッパーは女性であることで得をしている」と思っている気がするんです。性別で損をした経験は男性ラッパーにはないと思うんですが。

――第一回CINDERELLA MC BATTLEの最後のフリースタイルで、「女がHIPHOP語んじゃねえって言われて殴られて正座させられて水をかけられた」という衝撃的なエピソードが出てきました。この話について詳しくうかがってもいいですか。

椿:それも多分15歳の時……ちょうど初めてライブをしたぐらいの時期ですね。嫌な記憶です。これは一つのエピソードではなくて、バラバラの記憶の集合体なのですが、先輩に借りたHIPHOPのCDを返しますと電話したら、先輩の方から受け取りに来てくれたんです。それを聞きつけた怖い先輩が「先輩から借りといて自分で返しに来んとかどういう事だ」と怒って……深夜のダムに呼び出されたんですよ。行ったら男の先輩が20人くらいいて、「正座しろ」みたいな……。

この人は私の揚げ足を取りたいがために粗探しをしてこの話を持ち出してきたと分かっていたので、何しても無駄だと思いました。たまたま私が借りていたのがHIPHOPのCDだったので、「大体お前、HIPHOPとか聞いてラッパーかぶれみたいなことをやってるかもしれんけど、HIPHOPは男の土俵やけんな」「お前とか無理やろ」って詰められたんです。

――うわあ……。深夜12時のダムに一人で行ったというのがもう、すごいですね……。

椿:当時のギャングのルールは凄まじいものでした。まあでも極端にマッチョな思想を持っていた人は集団の一部です。あとの人は意外とあの秩序の理不尽さを理解していたけど、長いものに巻かれてるから止めてはくれませんでした。

で、その話がなんであのときフリースタイルで出たのかは本当に私も不思議でしょうがないんですけど……私も初めてCINDERELLA MC BATTLEに出るまで、私自身が自分を犠牲にしてこのような形に落ち着いてしまっていたことに気づいてなかったんです。

まず、出場した多種多様な女の子たちを見て、真っ先に「イロモノばかりだ、いけすかんな」って思ってたんですよ(笑)。自分のしたような苦労をしていない子たちを認められなかったんだと思います。MC バトルが流行りだして、いきなり女の子のラッパーだけで大会やるとか言い出して、さらに芸能プロダクション噛んでてビキニを着てる人もいて……ふざけんなよって(笑)。

この気持ちをモチベーションにして第一回に出場したんですが、FUZIKOさんに一回戦負けしました。今となっては感謝してるんですけど、FUZIKOさんは昔から好きだったので、なおさら悔しかった。私が目指してるのは「フィメールNo.1」じゃなくて「日本一」になることなのに、なんでこんな所でつまづいてるんだ!? と思って、楽屋に戻ったら涙が止まらなくなったんです。そしたら、他の出場者達が「椿さん!」って励ましてくれて。そこで「あれ? 私の怒りの対象はこの子達じゃなかった……?」と気付きました。「じゃあ何がいけすかないか」と考えた時に、女性性をスペックのように扱った見せ方や搾取の気配、やたら出場者のビジュアルに注目する客層の空気から、「差別的なものが美化されている」と思い至ったんです。私がもし第一回大会で優勝してたらいつまでたっても「椿を見習え」としか言われない空気だったんだろうと思えば、意味のある敗北でした。

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