もっとも共感されやすい、普通の人である薫子さんは爽太の店の従業員で、34歳。しかし一番常識的でまっとうに見える価値観を持つからこそ、薫子さんは呪いをたくさん内面化しています。周囲に比べて“普通”であるぶん真面目かつ常識的に生きてきた自負があり、美人なためプライドも高めです。
しかしながら30歳を越えた独身女性であることからのコンプレックスや自信のなさも重なり、なかなか素直になれず、物事をあきらめてしまったり斜に構えたりして、なかなか行動を起こすことができません。イライラすることが多く、周囲の人に対して批判や悪口ばかりになってしまいます。自身のなかにある、抑圧されているものやコンプレックスを他者への攻撃として表に出してしまい、そのことでよく自己嫌悪に陥ります。けれどサエコさんとの関わりで変化し、自分に折り合いをつけられるようになっていきます。内面が大きく変化するので、この物語の裏主人公とも言えるかもしれません。
モデルのエレナは恵まれた容姿で明るい性格でありながら、自己肯定感の低い女性です。そのコンプレックスは内に向いていて、思っていることを言えないことも多く、そのぶん前向きで努力家な“いい子”です。一見とてもしっかりしていてポジティブなようで、自己肯定感が低く危うい“いい子”は現代女性に多いタイプで、周りが気づかないうちにポッキリ折れてしまいそうな危うさがあります。
その部分を理解し、可能性の低い片想いを分かち合える爽太とセフレになり、そこから順調につき合っているカップルのようにコミュニケーションを取り、居心地のよい関係を築いていきます。好きな人が別にいる寂しさをほかの人と埋めるというのは、横槍メンゴ著『クズの本懐』(スクウェア・エニックス)などでも描かれています。一番欲しいものが手に入らないないけれど、あきらめることもひとりでいることも苦しいから誰かを求める。歪んでいるようで、実はその価値観に共感する人は多いのかもしれません。そのうちにエレナの爽太に対する感情も変わっていき、関係を問い直す岐路に立たされます。
常識を揺さぶるヒロイン
主人公の妹で大学生のまつりは、つき合った男性が友人の彼氏であり二股だったとあとから気づき、苦しみます。かわいらしい見た目でふわふわしていて流されやすいまつりはどこにでもいる女の子です。彼女はやさしく人の気持ちを考える子であり、しかし自分の芯がはっきりしていないからこそ、ほかの女性たちとはまた違う「信じる人に任せてしまう」という選択をしていくキャラクターです。自分自身の意志や主体性を強く持つということだけが選択ではないのだと考えさせられます。
そして爽太の想い人であるサエコさんはぶりっこで小悪魔で、一見共感できないキャラクターに見えます。結婚をしていながら爽太と駆け引きをしているようでもあり、本心が見えません。
後半、大手雑誌の編集者である男性と結婚して専業主婦になり順風満帆だと思われていたサエコさんが、実は夫からモラハラを受け、なんとも言えない気持ちを抱えていることが明らかになっていきます。働くことは許されず、そのうえで専業主婦であることはバカにされ、尊重されない毎日が続きます。この夫の描写でサエコさんに共感した主婦の女性は多いと思います。彼は悪い人というわけではなく明らかに酷いことをしているとも言い切れない……そんなモラハラは「あるある」でしょう。そしてそれはDVにも発展していきます。
彼女の価値観の根底には、自身の母親の存在が見えます。男の人の心を掴むことをサエコさんに伝授したゴットマザーとして、薫子さんとサエコさんの会話に登場しますが、サエコさんと母親の会話シーンでは、働きたがるサエコさんに「あなたができる仕事なんてたいした仕事じゃないでしょ」と言ったり、夫に対する不満に対してはと「稼ぎがあって姑がいなく舅は兄夫婦が引き取ってくれるサイコーの旦那さん」と評価したりします。