「抑圧のなかで上手く立ち回る」という母親の持つ古典的な“女性の幸せ”を内面化しながらも、サエコさんはそこに納得がしきれません。だからこそ、彼女は常識で判断しにくい価値観を投げかけてくるキャラクターになっているのでしょう。
サエコさんは今までにイケメンを次々に落としてきた恋愛ハンターであり、女性に嫌われやすく読者にも見事に嫌われているようですが、友人もそれなりに多くいるようです。爽太も「悪口に顔を歪める彼女たちよりサエコさんの笑顔の方がずっとずっと美しかった」と言っているように、サエコさんは笑顔でポジティブな発言が多く、それで人を明るくさせる魅力があります。
そして後半、常識の象徴である薫子さんとの関わりでサエコさんの魅力と理論が開花します。彼女は恋愛に対して真剣で前向きに戦略を練り、好かれる努力を続けている人だとわかります。「相手を好きにさせて、相手を好きになる」ーーそんな理論を展開して薫子さんの相談に乗ります。
結婚しているのに男性と駆け引きをする彼女自身や、彼女が薫子さんやまつりにする恋愛アドバイスは、作中では必ずしも肯定的に描かれてはいません。ですが、否定しきれないひとつの価値観として薫子さんに受け入れられていきます。サエコさんにも繊細で複雑な感情が見え、しかし一種冷めたような部分があります。彼女が何を考えているのか汲み取ることはむずかしく、小悪魔というよりも魔性とも言える深みのあるキャラクターです。彼女の選択や生き方について、拒否せずに一度考えることで、読者も自分の価値観が見えてくるのではないでしょうか。
「本気で好き」ってどういうこと?
主人公・爽太は、サエコさんへの恋心からインスピレーションを得て、才能を開花させ仕事に活かしていきます。だからこそ、物語に出てくる男性陣は爽太の恋を「いい恋」だと認め反対しません。そのことに薫子さんは「そんなのは本物の恋じゃない!」と不満を持ちます。そしてサエコさんの恋愛を「遊び」と咎めるのですが、サエコさんは「『好き』に遊びとか本気とか考えたことない」と答え「『本気で好き』ってどういうことですか?」と薫子さんに問いかけるのです。
薫子さんは「自分の人生がよくならなくても好き」「無条件で愛する」と考えるものの、自分もそうではないと気づくのです。彼女のなかの「好きならこうすべき」「これが本物」というものがだんだん崩れていきます。一方の爽太が仕事や恋の苦しさも理解し励まし合えるのは、エレナです。爽太も自分の恋心と向き合うことになっていきます。
作品で生み出されるおいしそうなチョコレートも同作の魅力です。オレンジ風味のチョコレートムース、カリカリキャラメル入りのボンボンショコラ……読んでいるとチョコレートを食べたくなります。出てくるチョコレートの一部をテオブロマというブランドで再現し、2014年に発売されたのですが、やはり要望が多かったようで今年2018年にも再発売されました。
ドラマ版ではエレナやサエコさんなどほとんどのキャストのイメージが原作とまったく違っていたにもかかわらず、キャストの熱演により結果的にはハマっていました。特にぶりっ子のイメージがまるでなかった石原さとみの新しい魅力が開花したドラマだったと思います。今回は言及しませんでしたが、原作でもドラマでも爽太の元同僚でフランス人のオリヴィエ、ライバルであるショコラティエの六道さん、その従業員の関谷などの男性陣も物語に大きく関わり、個性的な登場人物たちです。
「失恋」の展開も結末も原作とは異なり、原作のほうがより複雑なラストではありますが、ドラマはドラマで独自の世界観を作り上げてまとまっていました。
チョコレートを食べながら登場人物たちが何を選び何を選択するか、ドラマ版と見比べてみるのも面白いかもしれません。失恋ショコラティエという作品を通じて、自分の恋愛や生き方、そしてその中にある価値観を考えてみるのはいかがでしょうか。