
トランス男子のフェミな日常/遠藤まめた
ブーイングが噴出している。先日入ってきた「性別適合手術に保険適用」というニュースが、どうやらホルモン療法をしている人たちには当てはまらないことがわかったためだ(性別適合手術 ホルモン療法併用者「保険適用外」)。ホルモン療法をせずに生殖器官等に関する外科的手術を受けるというのは、靴をはかずに山に登るようなもので基本的には不可能である。ホルモンなしでも受けられるのは、トランス男性の胸を取る手術ぐらいだろうか。
現在、ホルモン療法には保険が適用されず自由診療で行われている。自由診療に保険適用のメニューを加えると、一部例外はあるものの、保険適用の診療も保険がきかなくなってしまう。この「混ぜるなキケン」のごとくオール実費になるという恐怖の法則があるため、結局ホルモン療法が保険適用になるまでは性別適合手術の費用は従来どおり100万円前後はかかるようだ。もっとも、これもホルモン療法の保険適用が実現すれば解決される。さいわい関係者によれば厚生労働省も前向きに検討しているそうなので、制度のうつりかわりに際しての混乱ということになるのだろう。
もとより性別移行に関する情報は少ない。「どこで治療に関する情報を得ましたか?」とたずねると、周りからは「ネット」とか「手術をあっせんする会社から」「口コミ」といった声があがる。医療の専門家から得た情報ばかりではないから、まちがった内容も往々にして含まれる。なかには、当事者の孤独や情報の不足に乗じた商売をする人たちもいて、これまでにも「性同一性障害の診断書を1日で取るための情報商材」や「LINEで即日診断書」などのサービスを売る人たちはいた。
今後、ホルモン療法に保険適用がなされたとして、おそらく国内で安価な性別適合手術を受けるためには「長い順番待ち」が必要となることも考えられ、やっぱり当事者間で情報が錯綜する可能性が考えられる。現行の性同一性障害特例法のままで手術のハードルだけが下がれば、法律上の性別を変えるために子宮や卵巣をとっておくか、と考える人も増えかねない(性別適合手術、ついに保険適用へ いま考える「性の自己決定」とは?)。「もしも」の話をしていても仕方ないが、おそらくこれから5年くらいは日本のトランス界は変動の時代を迎えるのではないかと思っている。そもそも性同一性障害という概念自体が、近い将来に名称を変え、国際疾病分類で「精神疾患」から外れるとされている。
ホルモン療法の保険適用のためにはいくつかの論文が必要らしい。たとえば「E2エストラジオールの性別違和の軽減に関するなんちゃら」などのデータを探す必要があるそうだ。研究者ではない人々にとっては、正直近寄りがたい世界である。草の根である99%の人たちにできることは何かと言えば、おそらく「暮らし」のことであろう。トランスたちの生きやすい社会は、まっとうな医療と、まっとうな社会の両輪がないと成り立たない。
法的な性別を明かした結果、内定辞退をせまられるトランスたちがいる。差別をさけるために法的な性別変更を望む人もいる。今週末にひらかれている第20回GID(性同一性障害)学会・研究大会では、交流会の冊子に22ページもわたる特集記事「トランスジェンダー/GIDとしごと」が載った。私も関わり、弁護士や社労士、当事者らが連携して、なんとか現状に一石を投じたくて作ったもので、ウェブからもダウンロードできる。
医療は大切だけれど、それだけでは足りない。手術を受けても受けなくても、望む性別で仕事ができる社会。情報のない人により正確な情報をとどけられ、仲間のいない人が情報商材におどらされなくて済む社会。目指したいことはたくさんある。変動の時代をむかえているからこそ、波を乗り切るためのつながりがほしい。