イスマイルの死体を背負い彼の故郷へ渡ったウィルフリードは、不思議な仲間たちに出会います。内戦によって無残に家族を失った記憶を持つ彼らにとって、「失われていない、焼かれていない、首が繋がっている体は奇跡」。イスマイルを自分たち皆の父親として埋葬するべき場所を探し、そして自分たちの経験したことを語るための旅に出ます。
熱い気候の中でイスマイルの体はどんどん腐るため、埋葬の地に選んだのは海でした。顔や体に泥色の塗料をなすりつけた岡本のふんどし一丁の姿は、確かに青年のようなスラリとした体形なのですが、なかなかグロテクス。しかしウィルフリードの仲間のため、彼らの本当の父親がかけたであろう愛の言葉をそれぞれに残し、波の中へ旅立っていきます。
「岸 リトラル」を書いた劇作家ワジディ・ムワワドはレバノンの出身で、内戦から逃れてフランスに亡命し現在はカナダ在住。フランス語文化圏をはじめ、ヨーロッパでもっとも注目されている演劇人のひとりです。
世界的劇作家の作品に連続出演
ムワワドの作品は、レバノンでのつらい体験や移民としてのアイデンティティが背景にあり、ルーツ探しや親子関係をモチーフにしたものも多くあります。しかし血の繋がりを取り上げながらも、イスマイルが皆の父親になったように、それだけが大切なのではないとも訴えかけています。
ムワワドの存在が日本の演劇ファンの心に深く刻まれるきっかけになったのは、2014年に初演された「炎 アンサンディ」。その年の演劇賞を総なめにした「炎 アンサンディ」は「岸 リトラル」と同様、中東の国へ渡り親が隠していたつらい過去を発見する物語で、岡本も出演していました。「岸 リトラル」も、セックスの最中に父が亡くなる描写の中に母と交わり父を殺す「オイディプス」や、死んだ父との会話という「ハムレット」などの名作のモチーフが伺えますが、「炎 アンサンディ」は、もっとストレートに「オイディプス」を本歌取りしています。
宗教紛争のなかで親と引き裂かれた少年が、収容所に収監された主人公を実母と知らず拷問して犯し、その結果生まれた子どもたちが、そうと教えられないまま父であり兄を探しにいく――。岡本が演じたのが、母を犯して子を成した元狙撃兵でした。同作は映画にもなっていますが、親子だと主人公が気づく理由など一部の描写が変わっており、舞台版の方が元狙撃兵のふざけた態度がより不愉快に表現されています。
その場面の岡本は、表情だけでなく声もとても耳障りなダミ声で、その不快さこそが、敵だとみなされた他者をためらいなく殺すことを幼いころからすり込まれた中東の少年兵たちの悲しい境遇をも強く示唆するのでしたが、真実を知ったあとの茫然自失とした表情の空虚さとの落差も、特に印象に残るものでした。
はるか昔の神話を現代の悲劇と重ね合わせられる特異な文才が生み出した、加害者と被害者の双方を日本で演じたのは、今のところ岡本のみ。世界が認めた才能にここまで応えられるなら、ジャニーズいちと呼びたくなる気持ちも当然じゃないかなと思いたくなるのです。
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