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相撲も甲子園も霊峰も女人禁制。宗教的な女性の排除

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Thinkstock/Photo by allanswart

 44日、京都府舞鶴市で行われていた大相撲の春巡業で、土俵で挨拶中の同市市長・多々見良三氏(67)が突然倒れ、土俵に上がり救命措置を施す複数名の中に女性が含まれていたことに対して、女性は土俵から降りるよう促す場内アナウンスが流れた。同日夜、日本相撲協会・八角理事長は(元横綱北勝海)は、「女性が土俵に上がっていいのか?」という観客の怒号に気が動転した行司が「女性の方は土俵から降りてください」とアナウンスしてしまったとして、「人命にかかわる状況には不適切な対応でした。深くお詫び申し上げます」と謝罪コメントを出した。舞鶴市によると、救急車で病院に搬送された多々見市長は精密検査の結果くも膜下出血と判明、直ちに手術が行われ、現在容体は安定しているという。

 大相撲の土俵は「女人禁制」が伝統とされてきた。20002004年に大阪府知事だった太田房江氏は、表彰式では歴代の府知事同様、土俵上で優勝力士に「大阪府知事賞」を授与したいと5年連続で要望するも実現しなかった。長年開催されている「わんぱく相撲全国大会」でも出場できるのは地区大会を勝ち抜いた小学46年の男子と定められており、女子は地区大会を勝ち抜いたとしても出場できない。力士が引退する際の断髪式でも、力士の息子は土俵に上がれるが、娘は禁止されている。201010月におこなわれた元横綱・朝青龍の断髪式では、朝青龍の長男は父と手をつないで土俵に立ち観客に手を振ったが、長女は土俵に上がってはならず、土俵下から父へ花束を渡した。断髪式で大銀杏にはさみを入れるのもすべて、男性だ。

 だが、そもそも大相撲の「女人禁制」がはじまったのは明治時代に入ってからのことで、古来よりの伝統とは言いがたいはずだ。北海道教育大学の名誉教授で哲学研究者・吉崎祥司氏と同大学社会学研究室・稲野一彦氏の論文『相撲における「女人禁制の伝統」について』が今、SNSなどでも話題だが、そこでは「相撲は、神道との関わりを理由に、土俵上に女性を上げないという姿勢をとっており、それは『伝統』とされている。しかし歴史をひも解いてみると女性と相撲とは密接な関係を保ってきたことが明らかになる」と、女人禁制の伝統に疑問が呈されている。

 たとえば、日本最古の歴史書「日本書紀」には、雄略天皇による相撲についての記述が存在するが、そこに書かれているのは「采女による女相撲」である。しかも采女は「雄略天皇に呼ばれ、その場で着替え、その場で相撲をしたよう」だというのだから、「そのような特性を持つ相撲を、古来より女性に限って禁止したとは考え難い」のではないか。室町時代の相撲においても女人禁制の様子は見られず、1596年刊行の『義残後覚』からは、草相撲や野相撲ではない歓進相撲でも女性は自由に相撲を取ること可能だったがわかるという。江戸時代の資料にも、女相撲の様子が描かれた絵画が残っている。

 現在の日本相撲協会の前進にあたる相撲会所は、江戸後期の明和年間(17641771)には体制が整っていたとされ、現日本相撲協会が主張するような女人禁制の伝統が本当に存在するのであれば、この頃に女相撲を禁止する動きがあってもいいはずなのに、それは見当たらない。ただ、江戸時代には女性の相撲観戦が禁止されていたのだが、これは当時の相撲が「勝った、負けた」と観客同士の喧嘩が起こりやすく、「女性に対する配慮」から生まれたものであり、女人禁制とは異なるという。

 明治以降、男女の合併相撲はなくなったが、女相撲は行われ、ただし途中から着衣が義務付けられるようになった。この時期、相撲協会は女相撲に関与していなかったようだが、「相撲」の地位が脅かされるという危機に直面したこともあり、相撲の地位を確立させるために、かつての合併相撲のような醜聞を隠すべく、「神道との関わり」を挙げて女人禁制にしたのではないか、というのが上記論文で示される見解である。つまり、元日本相撲協会がいう「女人禁制の伝統」とは、長い相撲の歴史の中でも比較的近代である明治時代に意図して作られた“新しい伝統”ではないか、ということだ。

 相撲の土俵と同様に、「女人禁制」とされている場所がある。阪神甲子園球場のグラウンドだ。20168月の第98回全国高校野球選手権大会で、本大会前に甲子園球場で行われた公式練習中に大分高校の女子マネージャーがユニフォームを着てグラウンドに立ち、大会関係者から制止されたことがネットで議論になったことも記憶に新しい。球場練習では「ジャージでの参加は禁止・ユニフォーム着用」で臨むことが規定されており、手引書に女性禁止とは明記されていなかったため、チームは女子マネージャーのユニフォームを新調していたという。高校野球の大会規定では、グラウンドに立つのは「危険防止のため」男子のみとされており、女子は参加してはならないのだった。

 女性が立ち入ってはならないエリアとして明言されているのは、他にもユネスコの世界遺産に登録された修験道の聖地・奈良大峰山や福岡沖ノ島などがある。いずれも神の領域とされ、大峰山には「女人結界門」がある。

 神事、祭の舞台である神聖な場所が「女人禁制」であることは「伝統」であり、破ってはならない禁忌と信じる人たちがいる。元横綱審議委員会委員の内館牧子は、2003年に東北大学大学院文学研究科修士課程の人間科学専攻(宗教学)へ入学し、「神事としてみた相撲」を研究テーマにした論文を書き上げて著書『女はなぜ土俵にあがれないのか』(幻冬舎文庫)として刊行しているが、彼女は一貫として女人禁制を支持する立場で、伝統文化への畏怖を持つべきだと説く。これが宗教的な議論である以上、いかに現代的でない、実は伝統ではない、国際的でない、差別的だと論理を組み立てても、やはり「女人解禁」には辿りつかないのだろう。

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