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ポリコレ棒の間違い〜差別的な感情ではなく言動の問題

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Thinkstock/Photo by oatawa

 朝日新聞系列のウェブメディア「withnews」の連載「LGBTテンプレ考」に掲載された「LGBTが気持ち悪い人の本音 『ポリコレ棒で葬られるの怖い』」という記事がいま話題になっている。

 近年、様々なメディアで「LGBT」という言葉を見聞きするようになった。セクシュアルマイノリティを総称する形で使用されることの多いLGBTだが、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーそれぞれの頭文字を取った言葉であって、すべてのセクシュアルマイノリティを包括するものではない。またL/G/B/Tが直面する問題は常に一致するわけではなく、特に性的指向であるLGBと、出生時に割り当てられた性別に違和感を抱くTを「LGBT」と一括りにすることの問題性を指摘されることは度々あった(参考:LGBTをつなげる作法)。さらに当然ながら、例えばレズビアン女性がみんな同じ問題を抱えているとは限らない。

 メディアで「LGBT」が使用される際、こうした内実が踏まえられないことは少なくない。また、メディアにたびたび登場するオネエタレントをみて、「LGBTはオネエみたいな人たち」など、画一的なイメージを抱いている人も多い。「LGBTテンプレ考」はまさにこうした「LGBT」に関するテンプレを、平易な文体やキャッチーなイラストなどを用いて解きほぐしていく連載で、これまで概ね好評価を受けてきたもののように思う。

 それではなぜ「LGBTが気持ち悪い人の本音 『ポリコレ棒で葬られるの怖い』」には多くの批判が寄せられたのだろうか。

 理由のひとつは、記事の中でインタビューを受けている、「LGBTが理解できない。気持ち悪い」と語る43歳男性の言葉がそのまま掲載されているように受け取れる点にあるだろう。おそらくこの記事は、これまでの回を読む限り、「LGBTは気持ち悪い」と思う人を擁護する意図でつくられたわけでない。あくまで推測でしかないが、差別する側の実態を掴むことによって、差別・偏見を解消するためにどうすればいいのかを考えたい、という問題意識があったのだったのだろう。

 すでにSNSやブログでも指摘されているが、残念ながらこの記事は「LGBTを差別する人に会ってみたら、怖い人じゃなかった」「マジョリティも苦悩してる」という地点で留まってしまい、むしろ「だから責め立てるようなことはしちゃいけない」と、差別している側にとって都合のいい形で受け止められかねないものになっている。

 例えば男性は記事の中でこう語っている。

「…『保毛尾田保毛男』がはやったころ、僕は中学生でした。あの時傷ついていた人がいたなんて、当時想像もしていなかった。毎週木曜日の夜9時にあの番組を見て、大笑いして寝て、翌朝同級生と『見た?』と話して」

「後になって『あの時傷ついた人に気付けなかったあなたは罪人です』と言われると、『うち実家の花畑はキレイだなあ』と思っていたら、いきなり戦闘ヘリが飛んできて機銃掃射で荒らされる、みたいな気持ちになるんですよ」

 保毛尾田保毛男は、『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)に登場する、七三分けに青ひげ、「ホモなのか」と問われると「あくまで噂なの」とはぐらかすなど、ゲイへの偏見を過剰にデフォルメする形で造形された、とんねるず・石橋貴明ふんするキャラクターだ。昨年9月、同番組30周年記念放送の際に、このキャラクターを復活させたことで批判が殺到したことは記憶に新しい。

 保毛尾田保毛男のストライクな世代だという男性は、このキャラクターを無邪気に楽しんでいた時代を「実家の花畑」と表現し、批判の声があがる現在を「戦闘ヘリが飛んできて機銃掃射で荒らされる、みたいな気持ちになる」と言う。

 確かに当時はいまのように「LGBT」という言葉がメディアで聞かれることもなく、セクシュアルマイノリティに対する人権意識も低かったのかもしれない(当時から社会の差別に対して声を上げる人びとはいたのだが)。無自覚にセクシュアルマイノリティを差別したり、偏見を抱いていた人は多くいるだろう。だが、かつてに比べて社会問題として受け止められるようになった現在において、こうした指摘に「楽しい思い出をいきなり踏みにじられた」と憤慨するのは、ただの開き直りでしかない。「自分が楽しんでいたものが差別的なキャラクターだったのだと気づけなかった」と振り返り、無自覚に踏みにじってきた人びとのことを考えるほうが建設的だろう。

 そこに登場する男性の言葉からは、被害者意識や、変化していく社会への恐れが感じられる。

「強迫観念として、ポリティカルコレクトネスに反してしまったら、僕の方が社会的に葬られるというのがあるんですよ」

「…異性愛が普通だと教わって育ってしまったから、全く悪意のない、うっかり吐いた言葉が『差別だ』と炎上することがある」

 気がつけば時代が変わっていた。悪意なく「普通」だと思っていたことが、「差別」になってしまった。理解しなければと思うけれど、気持ち悪いと思う。いつ「ポリコレ棒」で叩かれるかわからない。怖い――これが男性の素直な気持ちなのだろう。悪気なく振る舞っているだけなのに、いきなり糾弾されることが怖いという感覚は、広く共有されているのかもしれない。だから、マイノリティが自身の権利を主張したり、社会に現存する差別の問題を指摘しているとき、「感情的になったら誰も理解してくれないよ」というアドバイスも飛び交う。だが、差別されている人が、自身を踏みにじっている人に対して、感情をおさえ、ご理解いただけるまで懇切丁寧にご説明さしあげるべきとされることのおかしさに、そろそろ気づいてもらいたい。

 そもそもこの男性は大きな誤解をしている。

 男性は「(この連載で実施された)アンケートに書いたとおり、忖度(そんたく)して『差別はよくない。みんなで明るい未来をつくろう』と回答すれば、良かったのかもしれない。でも、それじゃあ本当の解決にならないですよね?」と言っている。しかし、おそらく多くの部分はそれで解決するのだ。

 昨年、『LGBTを読みとく』(ちくま新書)を出版した森山至貴さんはインタビューの中でこう語っている。

「たまに『あなたが私の内側にある偏見をなんとかしてくれないと私はあなたを差別します!』みたいな恫喝の仕方をする人がいます。でも、たとえばナイフで人を刺したいと考えている人がいたとしても、実際に刺さなければ周りの人に危害を加えることにはなりません。ここで大事なのは、その人の気持ちは知らないけど、ともかく刺すのをやめてもらうことです。だから、心の中に偏見があるのはまあ知らないけど、その偏見をこちらに向けないでほしいという考え方は十分あり得ると思います」(知識を手にすれば、他者を傷つけずにすむ。『LGBTを読みとく』著者・森山至貴氏インタビュー

 なにより問題となっているのは、差別的な言動であって当人の感情ではない。「差別的な感情をいますぐ直さなければならない」でも「セクシュアルマイノリティのことを理解しなさい」でもなく、「差別的な感情を発露することで人を傷つけるのはやめるべきだ」という基本的な話でしかない。

 男性は、仕事の中で、同性パートナーは保険金の受取人になれないことを知り、「すぐに解消してあげたらいいと思う」とも言っている。「LGBTは気持ち悪い」という感情がなくなっていくのは喜ばしいことだ。そして、仕事で出会ったゲイが、保毛尾田保毛男のような人ではない「普通」の人で、ステレオタイプが刷り込まれていたことに気づいた経験があったとも語る男性は、きっと「気持ち悪い」という感情も少しずつ消えていくのではないか、というのは楽観的だろうか。いずれにせよ、それでもやはり「LGBTは気持ち悪い」と思うのであれば、その感情の発露が誰かを傷つけるものだと理解し、言動に気をつけること、まずはそれだけだ。

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