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主人公は落ちぶれた馬。Netflix『ボージャック・ホースマン』の魅力は、人間臭さを「正義と悪」で切り分けないこと

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 日本でもストリーミングサービスが定着しつつあります。NetflixHuluAmazonプライムビデオなどには、それぞれの会社が制作したオリジナルコンテンツも多数配信されていて、こうした作品を観るためにサービスに登録した方も多いのではないでしょうか。

 Netflixのオリジナルコンテンツの中に、『ボージャック・ホースマン』という擬人化された馬が主人公のアニメがあります。ウィットに富んだジョーク、心温まるエピソード、そして差別や銃社会などの社会問題への言及など、たくさんの要素がてんこ盛りのこのアニメの設定は、ちょっと独特です。

 主人公のボージャックは馬。かつて人気ドラマの主演俳優として一世を風靡したものの、今ではすっかり落ちぶれたテレビスターです。『ボージャック・ホースマン』は、動物と人間で一つの社会が形成されていて、他にも猫や犬、鳥などの動物を擬人化した登場人物がたくさんいます。たまにボージャックが興奮すると「ヒヒーン」と鳴いたり、猫の登場人物がネズミのぬいぐるみを弄んだりするなど、その動物らしい行動が描かれますが、基本的にはみんな人間のように振る舞います。

 日本ではそれほど認知されていませんが「アメリカアニメの最高峰」と評する人も多いこのアニメ。悪役をやっつけて観る人をスカッとさせたり、登場人物が過剰に単純化・デフォルメされていたりする作品に疲れてしまった人に、特におすすめです。

「どこかで会ったことがある」と感じる登場人物たち

 90年代のホームドラマ『馬か騒ぎ』の主演として栄華を極めたものの、終了後は仕事が少ないボージャック。酒に溺れながら『馬か騒ぎ』を繰り返し観ては、過去の栄光を懐かしむ毎日を送ります。

 そんな中、ボージャックは出版社から自伝本の出版を打診されます。人気者に返り咲くべくこの仕事を引き受けたボージャックですが、いざ、原稿を書こうすると言葉が出ません。そんなボージャックを見兼ねた編集者はゴーストライターとしてダイアン・ヌーエンを紹介します。エピソード1では、このダイアンがボージャックに密着取材する中で、ボージャックや他の登場人物の内面や過去が掘り下げられていきます。

 『ボージャック・ホースマン』の魅力は、何と言ってもそのリアリティです。どの登場人物も、自分や身の回りにいる人と重なります。「どこかで会ったことがある」と感じさせられるのです。

 ボージャックは、いつも寂しさを抱える中年男性で、人に依存しがちです。例えば、居候の青年が出ていくことを恐れて彼の出世を阻んだり、落ち込むたびに自分のエージェントに電話したり…承認欲求が強く、世間から忘れられかけている今でも、街を歩いたらキャーキャー騒がれるのではないか、と期待しています。そのくせ人との距離を詰めることは苦手なボージャック。恋人に「愛している」と伝えることに戸惑ったり、「自分と関わる人はみんな不幸になる」という考えに囚われたりして苦しみます。

 ボージャックが抱えている生きづらさは、両親から精神的虐待を受けてきたという家庭環境からの影響がありそうです。

 それでも、ボージャックはどこかで親の愛情を諦められずにいます。シーズン4ではボージャックの母親のルーツが明らかになると共に、認知症になった彼女とボージャックが同居します。もうボージャックのことを判別できなくなりながらも、ドラマ『馬か騒ぎ』をわくわくしながら観る母親。ボージャックはその様子を見て、また母親からの愛情を期待してしまいます。

 同居中、母親は馬の赤ちゃんのぬいぐるみを大事そうに抱き、愛情深くあやします。もう50歳近くになるボージャックですが、その様子を見て、ぬいぐるみに嫉妬します。そして「もしかして母親は自分への当て付けとして、わざとそんな行動をしているんじゃないか」と思い始め、怒りに任せてぬいぐるみをベランダから放り投げてしまいます。

 ボージャックの行動は幼稚ながらも、ある意味人間らしいものです。私は、ついボージャックに同情してしまいます。もちろんボージャックがしたことは褒められたことではありません。ボージャック自身も泣き崩れる母親を見て我に返り、「自分はいつもこんな風に人を傷つけるから、母親がぬいぐるみに走ってしまうんだ」と自己嫌悪に陥ります。

  「家族は素晴らしい」という家族讃美のコンテンツや教育ばかりの世の中では、ボージャックのような苦しみは理解されづらいどころか、「ないもの」として扱われがちのように思います。ボージャックの行動に自分を重ねたり、救われる気持ちになったりする人はきっと少なくないのではないでしょうか。

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