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「性」に振り回されるキャラクターが登場するマンガ3冊 性行為の同意、女子高校生、母性

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 今月14日からスタートした特集「性を語ること」。今回は「ホンシェルジュ」にて様々な社会現象を考える際に参考になるマンガの紹介をしている立命館大学准教授・富永京子さんに特集テーマにあったマンガをご紹介いただきました。

 富永さんが取り上げてくださった『やれたかも委員会』(双葉社)、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(講談社)、『HORIZON BLUE』(青林堂)の三冊のマンガレビューを読み通して感じたのは私たちの生活には「性」という言葉が常に付き纏っている、ということでした。

特集「性を語ること」

吉田貴司『やれたかも委員会』(双葉社)

 主に男性が、過去に女性と「やれたかも」(性行為に至れたかも)というエピソードを披露し、評定員がやれたか否か判定するという漫画。回想シーンをやけにリアル足らしめているディティールや、ユニークな審査員三人による「やれた」「やれたとは言えない」という判定、どこか漂うシュールな雰囲気などが個性的な作品です。一概に「やれたかも」といっても、何を「同意」や「可能性」のサインとして見るかは難しいところです。一つひとつのエピソードを見ても、そのボーダーが非常に多様であることが見て取れるのではないでしょうか。こうした認識の相違は、そのまま性行為の同意に関する議論にも繋がっていきます。

 性暴力の定義をめぐる問題に見られるように、「性行為の同意」の議論は現代において非常に大きなイッシューです。登場人物はほとんど男性ですが、単純に男性・女性では割り切れない「同意」のありようを考える上でも重要なテキストでしょう。

 この漫画を性加害-被害に関する啓発イベントに用いた事例も見られます。中央大学では『やれたかも委員会』を再現しつつ、参加者が言及した性行為の同意に関する認識のすれ違いを、会場も巻き込んで議論することで、性被害における加害者と被害者の認識のズレを議論するというイベントが開催されました。カジュアルな「あるある」体験談を入り口に、間口を広げながら難しい課題につなげるこの漫画は、まさに「性」を語る、という主題にはぴったりの作品でしょう。

岡田麿里・絵本奈央『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(講談社)

 主人公・和紗たち文芸部の女子5名は、「死ぬ前にしたいこと」という話題で盛り上がっていたところ、部員の一人が発した「セックス」という一言をきっかけに「性」に振り回される日々を送ることになる――というあらすじの作品。男子から寄せられた好意にまんざらでもない一方で、頑なになってしまう「り香」、愛情へと変わっていく幼なじみへの好意を自覚しつつも変わってしまうのが怖い主人公の「和紗」など、それぞれのキャラクターの思いが交錯しながらストーリーが進む……というと切なくて甘酸っぱい物語のように聞こえますが、一方で生々しいリアリティに満ちているのも特徴です。

 文芸部の主人公たちは、美少女である新菜を除いては「掃き溜め」と呼ばれるような存在だし、和紗が想いを寄せる幼なじみの泉はスクールカーストが上昇してしまって、うかつに学内で話すこともできない。彼女たちの「性」は、陽キャラやスクールカースト高めの女子よりも、どこか鬱々としていて表には出しづらく、時折「2ショットチャット」(二人用チャットで性行為や性的な会話を行うサービスであり、出会い系、買春売春等を目的に利用されることもある)などのアンダーグラウンドな方面に向かってしまいます。

 女子高生、部活、恋愛という主題でなおかつ少年漫画誌に掲載されているため、キラキラした美しいものとして「性」が語られるのかと思いきや、10代女子が奥底に抱える、性と直面する泥臭さやみっともなさを存分に抉り出してくれる作品です。

近藤ようこ『HORIZON BLUE』(青林堂)

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『Horizon blue』(青林堂)

 近年、『血の轍』(小学館)や『凪のお暇』(秋田書店)など、親と子の関係に基づくネガティブな感情や愛憎を描いた作品(たびたび「毒親」漫画と呼ばれたりします)で優れた漫画がよく取り上げられますが、『HORIZON BLUE』は1990年刊行の作品。一人の女性が結婚と出産、そして子殺し未遂に至るまでの経緯を幼少期から描くことで、著者いわく「『生み、育てる』性としてではなく、『殺し、死ぬ』性としての女性性」(著書あとがき)を描き切った、類を見ない名作です。

 上述したような近年の「毒親」との関係を描く漫画との違いは、子供目線から親の異常性を描くのみに留まらず、親がいかにして「異常」と言われてしまうような行為に至ったかという点を重点的に描いているところにあるでしょう。

 女は常に子供を愛するもの、女は常に母性を持っているもの――こうした価値観に、生涯を通じて悩まされてきた主人公・晴子。妹に対して劣等感を抱き、周囲からの評価に苦しみ続ける彼女の「普通の母親に…普通の女になりたいんです」という言葉は、何らかの形で「普通」を強いられている私たちの心に強く響くのではないでしょうか。

 この作品に限らず、近藤ようこの作品は女のすぐれた「生活史」であり、性に関する主題を強く押し出しておらずとも、台詞や小道具のひとつひとつが、雄弁に「性」が生み出す葛藤を物語っています。ぜひ手にとってみて下さい。

富永京子(とみなが きょうこ)
1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授。専門は社会学、社会運動論。主著に『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)、『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)。Webサイト「ホンシェルジュ」で「マンガを社会学する」を連載中。

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