女性記者の「あぶり出し」
さらに同時に公開した『福田事務次官に関する報道に係る調査への協力のお願い』と題された文書で財務省は、一方の当事者である福田氏からの聴取だけでは事実関係の解明は困難であることを理由に記者クラブの加盟各社に対して以下の内容を、各社内の女性記者に周知することを求めた。
・福田事務次官との間で週刊誌報道に示されたようなやりとりをした女性記者の方がいらっしゃれば、調査への協力をお願いしたいこと
・協力いただける方の不利益が生じないよう、責任を持って対応させていただくこと
・外部の弁護士に対応を委託しているので、調査に協力いただける場合は、別途お示しする連絡先に直接連絡いただきたいこと
つまり、報道で福田氏からセクハラを受けたとされている女性記者は財務省が指定する弁護士へ連絡をしてくださいということだ。
この財務省の対応を受けて18日には、全国の新聞社と通信社に働く労働者の約8割が加入する日本で唯一の産業別労働組合『新聞労連』からも、『「セクハラは人権侵害」財務省は認識せよ』と題した声明文が公表された。
声明文には麻生氏や財務省の一連の対応に抗議し、被害者保護のため早急に対応を改めることを求めている。福田氏に対しては「あなたは本当に女性記者の尊厳を傷つける発言をしたことはないと断言できるのか。であれば堂々と、記者会見を開いてあらゆる質問に答えてほしい」と書かれている。また「新聞社が新規採用する記者の半数近くが女性だ。多くの女性記者は、取材先と自社との関係悪化を恐れ、セクハラ発言を受け流したり、腰や肩に回された手を黙って本人の膝に戻したりすることを余儀なくされてきた。屈辱的で悔しい思いをしながら、声を上げられず我慢を強いられてきた。こうした状況は、もう終わりにしなければならない」とも書かれており、これまで女性記者たちが口をつぐまざるを得なかった現状を伝えた。
財務省のトップと記者との間には力関係の差があり、記者は圧倒的に立場が弱い。記者は、情報をもらえなくなれば仕事にならないからだ。その力関係の差を分かった上で、被害に遭ったならば名乗り出よというのは、それ自体が圧力だと言っても過言ではないのではないだろうか。名乗り出れば、今まで通りの仕事ができなくなるリスクを背負わねばならず、名乗り出なければ、なかったことにされるという状況に追い込んでいるのだ。
昨年、TBSの元ワシントン支局長からの性暴力を告発したジャーナリスト伊藤詩織さんも実名・顔出しで被害を公表した後ネット上でバッシングを受けるなどの二次被害を受けた。さらには身の危険さえ感じ、彼女は日本に住むことができなくなり海外へ移住せざるを得なくなってしまった。今の日本社会は名乗り出た被害者が守られる環境ではない。被害者が叩かれ、住所を突き止められたり、仕事を奪われたり、日本で暮らしていけなくなってしまうような環境なのだ。そんな環境の中で、被害を訴える人間に名乗り出よとなぜ言えるだろうか。
また財務省が連絡先として指定した弁護士は、同省と顧問契約を結ぶ事務所の弁護士であり第三者性が保たれているとはいえず問題だ。この点について記者から指摘された麻生氏は「全然つきあいのない弁護士にお願いするという判断ができますか。(セクハラをしたと)言われている人の立場も考えてやらないかん。福田の人権はなしってことなんですか?」と反論した。
セクハラ被害を訴える女性記者に名乗り出るよう求めた財務省の対応に対しては、弁護士たちからも強い批判の声が出ている。17日には『財務省は、セクハラ告発の女性に名乗り出ることを求める調査方法を撤回してください!!』と題されたオンライン署名が複数の弁護士らにより立ち上げられた。
突然の辞任表明とテレビ朝日の会見
これらの批判を受けて18日夕方、福田氏は突如として辞任を表明。記者会見を開き、セクハラ行為については認めず、あくまで職責を果たしていくことが困難な状況になったことが理由だと語った。
しかし18日夜の『報道ステーション』(テレビ朝日系)が番組の最後で、社内調査の結果テレビ朝日社員が福田氏からセクハラを受けていたことがわかったと明らかにした。
19日午前0時にテレビ朝日の篠塚浩取締役報道局長が会見を開き、福田氏から社員に対するセクハラ行為があったことは事実であると述べた上で、「当社は福田氏による当社社員を傷つける数々の行為と、その後の対応について、財務省に対して正式に抗議する予定です」と財務省という強い権力をもつ組織に対して、はっきりと抗議の意思を示したのである。
テレビ朝日の女性社員は1年半ほど前から数回、取材目的で福田氏と1対1で会食したが、その度にセクハラ発言があったことから、自らの身を守るために会話の録音を始めた。後日、上司にセクハラの事実を報じるべきではないかと相談。しかし上司は、放送すると本人が特定され、いわゆる二次被害が心配されることなどを理由に「報道は難しい」と伝えた。
そのためこの社員は、財務次官という社会的に責任の重い立場にある人物による不適切な行為が表に出なければ、今後もセクハラ被害が黙認されつづけてしまうのではないかという強い思いから週刊新潮に連絡をし、取材を受けたのだという。
記者クラブ制度のあり方を問う
テレビ朝日の篠塚氏は会見の中で、社員から相談があったときに適切な対応ができなかったことについても反省の弁を述べている。その一方で、音声データが第三者の手に渡ったことについて「報道機関として不適切な行為であり、当社として遺憾に思っています」とも述べていたが、女性記者が他社へ音声データを渡したのは、自社では取り扱ってもらえない状況の中でなんとか問題を表面化させるために行った行為であり、“不適切な行為”ではないはずだ。
女性記者の告発の方法や、政治問題に論点をすり替えてはいけない。告発した彼女だけではなく多くの女性記者たちが、被害に遭いながらもこれまで声をあげられなかったのは事実なのだ。
福田氏の辞任で幕引きにはならない。福田氏のセクハラ問題の真相追求、財務省の対応の責任追求とともに、記者クラブ制度や報道機関の働き方そのものから見直さなければいけない。これまでの悪しき文化、価値観を次の世代に引き継がせず、もう同じ思いをする人を生み出さないために今こそ、みんなで「もうおわりにしよう」と声をあげるときではないだろうか。
(もにか)
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