
政府インターネットテレビ 麻生総理スピーチ 「新たな成長に向けて」(平成21年4月9日)より
4月12日発売の「週刊新潮」(新潮社)の報に端を発する財務省・福田淳一事務次官によるセクハラ問題。刻一刻と状況は変化し続けている。福田氏は16日の時点でセクハラを否定。財務省が報道各社の女性記者に調査の協力を依頼するなど、セクハラ被害者にとっては理解に苦しむ動きを見せたことでおおいに批判を浴び、最終的に麻生太郎財務相に対して福田氏が辞任を申し出た。これが18日のことだ。だが同日、それでも福田氏はやはり「自分の声は自分の体を通じて聞くんで、録音された声が自分のものか、わからない」「あんなひどい会話をした記憶はありません」など釈明し改めてセクハラを否定した。辞任を申し出たのはセクハラを認めたわけではなく「職責を果たすのが困難」だという理由からであった。
4月19日未明、くだんの女性記者が自局の社員であることを深夜の記者会見で発表したのはテレビ朝日。会見に出席した篠塚浩取締役報道局長は「適切な対応ができなかったことは、深く反省している」と謝罪したが、一方で録音データを第三者に渡したことは「不適切な行為だった」と当該社員の対応を問題視する発言も飛び出した。局でこの問題を公にせず、いわば握りつぶした対応にも批判は集まるが、なにより森友学園問題での文書改ざんなどに加えたこのセクハラ問題で、財務省への厳しい批判は日々強まり、麻生氏に対してもその責任を問う声は高まっている。
あらためて、このセクハラ問題での麻生氏の対応を振り返ってみよう。16日、財務省は福田氏がこの問題を否定したと公表し、あわせて調査のために報道各社の女性社員へ財務省に対して協力を求めた。セクハラ被害者が加害者側に名のり出よという構図に世間も強く反発。だが翌日、麻生氏は「名乗り出やすいように第三者の弁護士、女性の弁護士を入れて対応している」「本人が申し出てこなければ、どうしようもない」などと述べ、あくまでも被害者が名乗り出なければ調査しようがないという強硬な姿勢を貫いた。
福田氏が麻生氏に辞意を申し入れたのは18日昼だが、麻生氏はいったんこれを断ったと言われている。ところが、福田氏の元には直接、辞任を求める電話が関係各所からかかってきており、もはや辞任やむなしと、再び覚悟を決めた。しかし一方の麻生氏は、福田氏の辞任発表ギリギリまで、事実確認に固執。18日午後の衆院財務委員会では「週刊誌には言っても、守秘義務を守る弁護士には言えないっていう話はちょっとよく理解できない」と、再び、被害者が名乗り出ないことに対して疑問を呈す。「向こうが誘って言っているのかどうかも、全然わかりませんから」と続け、矢野康治官房長までも「弁護士に名乗り出て、名前を伏せておっしゃることはそんなに苦痛なことなのか」などと、被害者に名乗り出るよう引き続き呼びかけた。
こうした対応には与党内からも「違和感がある。加害者側の関係者に話をしにいくのは普通ではできない」(野田聖子総務相)といった疑問の声があがっていた。二階俊博幹事長も「本人が考えることだ」と辞任を促す発言をし、最終的に麻生氏は福田氏を守りきれず、福田氏は辞任に至った。
明らかな人権軽視である理由
安倍政権にとって麻生太郎氏の存在は大きく、これまでの森友問題でも麻生氏は守られ続けていたが、今回のセクハラ問題における対応で国民はおろか与党内からも白い目で見られることとなった。
「週刊新潮」は19日発売号でも再びこの問題を取り上げ、さらに福田氏のセクハラ発言に踏み込むとともに、同日には編集部が「この期に及んで否定していることに驚きを禁じ得ません」と、辞任してもなお、セクハラを認めようとしない福田氏に対してコメントを発表した。
野党各党は19日付で麻生氏の引責辞任を強く求め、志位和夫共産党委員長は「麻生太郎副総理兼財務相の責任は二重に問われている」とコメント。資質に問題のある福田氏を財務次官に任命した責任、そして、セクハラ問題に対して被害女性記者当人に調査協力を求めるという驚きの対応を取ったことに対する責任だ。志位氏は「最悪、最低のものだ。被害者の人権や尊厳を踏みにじる対応をとった責任はとても重い」と、セクハラ問題における麻生氏の対応のまずさを会見で糾弾した。
麻生氏は、セクハラ被害を告発した女性記者に「名乗り出よ」と呼びかけ、「福田にも人権がある」と擁護した。事実確認が重要であることは言うまでもないが、麻生氏の認識にはトップ官僚とイチ報道記者の間には圧倒的な力関係の差があり、決して対等ではないということが欠如しているようだ。
これはセクハラ告発の反応としてしばしば見られることだが、「男女の仲のことじゃないか。大事にするんじゃないよ」と、両者のパワーバランスの差を度外視し、恋愛関係のいざこざに矮小化する動きがある。しかしその男と女が対等な関係であれば、そもそも問題は表面化していないのだ。今回のケースでいえば、報道記者は官僚から“ネタ”を引き出すのが仕事であり、官僚の機嫌次第で一人の記者だけでなく所属先の報道機関にまで“迷惑”がかかる懸念があるため、力関係は官僚のほうが明らかに上だ。その歪なパワーバランスがあるゆえに、加害者は被害者の人権を踏みにじることが出来、かつそのことに鈍感でいられるのである。
財務省が女性記者に調査協力を依頼したことについては、4月18日に全国の新聞社が加盟する日本新聞労働組合連合が「セクハラが人権侵害だとの認識が欠如していると言わざるを得ない」と抗議声明を発表。続けて、財務省の記者クラブとテレビ局の労働組合による日本民間放送労働組合連合会も同日、抗議声明を発表し、「一連の政府の対応を見ると『女性の人権』を軽んじているようにしか見えない」と批判した。
女性が輝く日本、など声高に叫ぶ安倍政権だが、今回のセクハラ問題により、組織に所属する女性がセクハラ被害に遭った場合の声の上げづらさが浮き彫りになった。また、政府自体が「被害者は名のり出よ」と、セクハラ被害者に対して加害者側に申告を求めるという驚きの対応を見せたことで、欧米でもこの問題は報じられた。
「日本では著名人が関与するセクハラ問題は、ほとんど報じられてこなかった。被害者は責められることを恐れて告白したがらない」(ロイター紙)
「日本では、セクハラや性暴力を公の場で議論することは避けられ、今回のような辞任は珍しい」(ワシントンポスト紙)
さらにロイター紙は、今回の問題に「違和感がある」と声をあげた野田聖子総務相が「2人しかいない女性閣僚の1人」だという点にも注目し、職場や政界での男女格差が大きい日本の現状も報じている。
今回のセクハラ問題に対する麻生氏のまずい対応とともに日本の男女格差が国外にも改めて知られることとなったが、当の麻生氏は19日、主要20か国の財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)出席のため米国ワシントンへ飛び立った。帰国後の動向が注目される。
(鼻咲ゆうみ)