炎上『シンプソンズ』のインド人キャラクター・アプー:「ステレオタイプ」vs.「人種差別」

文=堂本かおる
【この記事のキーワード】

「アプー!」と虐められるインド系の子供たち

 『アプーにまつわる問題』を作ったコンダボルは現在35歳。両親はインドからの移民だ。9歳までNYクイーンズ区のジャクソン・ハイツというインド人街(*)で育ち、のちに郊外に引っ越している。『シンプソンズ』が始まった時は7歳で、「日曜に『シンプソンズ』を観ないと、月曜に学校で会話に入れなかった」世代だ。

(*)マイノリティが主役の街 多様性の都市ニューヨークのリアルと楽しさ!

 コンダボルは『アプーにまつわる問題』の中で、同じ世代のインド系アメリカ人コメディアンたちにインタビューしている。そのほとんどが子供時代にアプー・ネタで虐められた体験を持つと言う。単に「アプー!」と呼ばれるだけでなく、インド訛りをマネた英語で「サンキュー、カム・アゲ~ン!」と言われた俳優もいた。

 こう書くとそれほど大した虐めではないように思えるが、たとえば、ひと昔前の在米東アジア系(日中韓)がやたらとブルース・リーのモノマネ「アチョ~!」をされたようなものだ。一度や二度ならやり過ごせるが、小中高校を通じ、さらには大人になってからも頻繁にされ続けるのは精神的にかなり堪える。なぜなら対等な者同士のジョークではなく、するほうは自らを米国ヒエラルキーの最上位「アメリカ人」という位置に置き、アジア系を底辺の「移民」という位置に置いたうえでのジョークだからだ。ほとんどの場合、やっているほうはそこまでの自覚は持っていないとはいえ。

役の名前は「タージ・マハール」

 ドキュメンタリーに登場するコメディアン/俳優のアジズ・アンサリは、NYのインド系俳優を主人公としたNetflixドラマ『マスター・オブ・ゼロ』(*)を製作し、主役のデヴを演じている。デヴはアンサリ自身と同じく、アメリカ生まれのインド系二世という設定で、訛りのない英語を話す。だがオーディションで「インド訛りでしゃべってくれ」と言われて拒み、役をもらえずに終わる。別の俳優は、「ある番組でインド訛りを使わなくてよいと言われた時には『ヤッター!』て感じで嬉しかった」と語っている。

(*)アジア系が主役のドラマが大ヒット!~米国テレビ史の快挙+あれもこれも「アジア系」問題 

 ドキュメンタリーにはカルト的人気を博したコメディ映画『Harold & Kumar』シリーズでインド系アメリカ人の青年 Kumar を演じて注目を浴び、その一方でオバマ政権時にホワイトハウスの広報勤務もこなした俳優のカル・ペンも登場する。ペンは駆け出しの頃、ある映画で “タージ・マハール” という名の役を演じなければならなかったと語っている。タージ・マハールはインドにある、世界的に有名な歴史的建造物だ。つまり、日系人俳優に “金閣寺” “東京タワー” といった役名を付けるのに相当する。

 別の俳優は、売れる前の役は「デリの店員、デリの店員、デリの店員、タクシー運転手、タクシー運転手、タクシー運転手、それから医者」と自嘲していた。どれもインド系が実際に多い、または多いと思われている職業だ。

 いずれもインド系アメリカ人がいかにステレオタイプ化されているかを物語るエピソードだ。とは言っても、インド系だからという理由で罵詈雑言を浴びせられたり、暴行を加えられたり、果ては殺されたりする類の人種差別とは異なる。ステレオタイプが「ソフト・レイシズム」と呼ばれる所以だ。だが、子供時代から生涯を通じてステレオタイプを貼り付けられることは、ナイフで切り付けられたり、鈍器で殴られたりした時のような鋭く激しい痛みではなくとも、じわじわと真綿で首を絞められるような、身動きの取れない息苦しさではないだろうか。だからこそ彼らにとってアプーの存在は非常に重いものなのだろう。

 なお、911同時多発テロ以後はイスラム教過激派への嫌悪がイスラム教徒全体に対して広がり、かつ外観からイスラム教徒と誤解される人々=インド系も含まれてしまった。インドは民族も宗教も多様な国で、イスラム教徒も存在する。さらにシク教徒の男性はターバンを着用していることからイスラム教徒と誤解されることがあり、シク教徒への暴行事件も何度も起こっている。コンダボルは、「インド系のステレオタイプは、コンビニ店員とテロリストの両極端となった」と語っている。

活躍し始めたインド系アメリカ人

 一方、アメリカではいつの間にか若いインド系アメリカ人のコメディアン/俳優が活躍するようになった。ハリ・コンダボル、アジズ・アンサリ(エミー賞受賞)、カル・ペン、イギリス人だが『スラムドッグ・ミリオネア』『ライオン』、米国のドラマ『ニュース・ルーム』などで知られるデヴ・パテル(アカデミー賞ノミネート)。そしてドラマ『オフィス』を経て、今年は『オーシャン8』(ジョージ・クルーニー『オーシャン』シリーズの女性版)が公開される女優ミンディ・カーリング。

 エンターテインメント界だけではない。CNNでは国際ジャーナリストのファリード・ザカリア(インド生まれ)が自身の番組を持っている。オバマ大統領から公衆衛生局長官に指名されたが辞退した、神経外科医のサンジェイ・グプタもCNNで医療報道をおこなっている。のちにやはりオバマ大統領によって公衆衛生局長官に任命されたヴィヴェック・マーシーもインド系二世だった。

 前サウスカロライナ州知事のニッキー・ヘイリーは、トランプに任命されて現在は国連大使を務めている。前ルイジアナ州知事のボビー・ジンダル(共和党)は前回の大統領選に立候補した。現カリフォルニア州選出の上院議員カマラ・ハリス(民主党)は、次回大統領選への出馬が噂されている。ちなみにハリスは、州司法長官時代にオバマ大統領が「米国でもっとも美しい司法長官」と呼び、のちに謝罪した相手である。

 コメディアン/俳優も含め、成功しているインド系アメリカ人のバイオを読むと、両親ともに祖国インドで高等教育を受け、医療などに携わっているケースが多い。インドの公用語はヒンドゥ語だが、そうした層には英語教育がおこなわれるため、アメリカに移住しても言葉の壁に阻まれることなく安定した生活を送れる。したがってアメリカ生まれの二世たちも経済的に恵まれた環境で育ち、成功するパターンとなる。また、インドでは数学、科学の教育に力を入れており、アメリカのIT業界にインド人エンジニアが多い理由となっている。

 他方、英語を話さないインドからの移民はコンビニやデリの店員、ニューヨークではイエローキャブの運転手などとなる。先に挙げたインド系俳優の役が「デリの店員、タクシー運転手、医者」ばかりだった理由だ。『シンプソンズ』のアプーもインドでは優秀な学生だったためにアメリカの大学に留学し、実は博士号まで取得したものの、学生ローンの支払いのためにコンビニで働き始めたという過去が判明するエピソードがある。インド系のステレオタイプの両極端を合わせたものだ。

1 2 3

「炎上『シンプソンズ』のインド人キャラクター・アプー:「ステレオタイプ」vs.「人種差別」」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。