炎上『シンプソンズ』のインド人キャラクター・アプー:「ステレオタイプ」vs.「人種差別」

文=堂本かおる
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白人声優がインド訛りを吹き替え

 コンダボルがドキュメンタリー映画まで作った理由は、こうしたインド系へのステレオタイプだけではなかった。アプーの吹き替えを担当している声優/俳優のハンク・アゼリアへの憤りも理由だ。

 アゼリアは優れた声優で、『シンプソンズ』では5人以上のキャラクターの吹き替えをおこなっているが、同一人物の声とはまず気付かない。なかでもアプーの吹き替えは、まさにインド系の訛りの再現であり、これが視聴者にウケている。だが、アゼリアは白人なのである。

 白人やアジア人が黒塗りをして黒人を演じることが「侮蔑」として憤慨されるのと同様(*)、インド系、しかもインド訛りのある吹き替えを白人がおこなっていることはショッキングだ。ドキュメンタリーでは何人かの『シンプソンズ』ファンがアゼリアが白人であることを知らされて驚き、「居心地が悪い」とコメントしている。

 ちなみにアゼリアは黒人キャラクターの吹き替え、および日系アメリカ人俳優ジョージ・タケイが吹き替えを担当している日系人キャラクターAkira(スシ・レストラン勤務)の吹き替えもピンチヒッターとしてもおこなっている。

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 そもそも脇役の絵がまだなかった番組の準備段階で、「コンビニ店員」としか設定されていなかったキャラクターをインド訛りとしたのはアゼリアなのである。また、アプーのステレオタイプは数年前にすでに他のメディアによって批判されていたが、その後、アゼリアはある大学に招かれて演説した際、アプーのインド訛りを披露している。

 コンダボルはドキュメンタリー用にアゼリアにインタビューを申し込むが、アゼリアは断る。代わりに『シンプソンズ』製作者のひとりが取材を受ける。製作者は、アプー以外のキャラクターも、すべてがそれぞれのステレオタイプなのだと言う。主人公ホーマーはだらしない白人男性の、原発所有者ミスター・バーンズはがめつい経営者のステレオタイプなのだと。だから『シンプソンズ』は面白いのだと。

 ステレオタイプとは、人種民族なり、職業なり、ジェンダーなり、年齢層なり、特定のグループ内の多数派と思われる人々の外観や言動、または思想を、そのグループ全体の特徴と見做すことだ。したがってステレオタイプはある程度は事実に基づく。たとえば「日本人は几帳面だ」のように。これはアメリカに暮らすと実感する日本人の特徴だ。ただし、日本人にも几帳面ではない人がいることもまた事実だ。

 このようにステレオタイプは、仮にグループ内の99%にあてはまっても、あてはまらない1%の人々にとっては存在の否定となり得る。ゆえに、コンダボルは言う。「面白いことは、正しいこととは限らない」。

ステレオタイプは「仕方ない」?

 4月8日の『シンプソンズ』には、母親のマージが少女の頃に愛読した本を娘のリサに読み聞かせるシーンがある。すると、記憶にあった楽しい物語とは違い、残酷な場面、悪意のある場面がいくつも出てくるではないか。驚いたマージはそうした場面を抜いて読み聞かせるが、それではまったく「お話にならない」ことに気付く。

 そこでリサが言うのである。

「ずっと以前に始まったことって、その時は賞賛されて、無害で、でも今はポリティカリー・インコレクト(政治的に正しくない)。どうすればいいの?」

 リサのベッド脇には、なぜか写真立てに入ったアプーの白黒写真が置かれている。

 マージが答える。「時間が解決するかも」

 リサ「かもね」

 このシーンによって『シンプソンズ』の製作者たちが表したのは、「だって仕方ないじゃん、政治的に間違ったステレオタイプだけど、29年前に作ったキャラクターなんだから」「でも、いつかそのうち、なんとかなるかもね」であり、要するに「思考停止」と「責任放棄」なのである。

 アメリカにおけるインド系の人口は350万人、全米人口のわずか1%だ。しかもかつての移民一世はアメリカでの生活を打ち立てることに忙しく、『シンプソンズ』を観てアプーに憤慨する余裕もなかった。

 今、インド系二世たちは「アメリカ人」として米国に暮らしている。彼らがアプーを自身の反映と受け取らないのは当然だろう。だが、アメリカにおけるインド系の歴史の短さと人口の少なさは、上がる声の量の低さに繋がっている。全員が白人男性である『シンプソンズ』製作者たちも含め、アメリカ中央社会は、ささやかなその声には耳を傾けない。だが、米国でのマイノリティとしての長い歴史と全米13%の人口を持つ黒人には多少の社会的配慮をおこなっている。『シンプソンズ』には黒人キャラクターも登場するが、際立った黒人ステレオタイプには描いていていないのである。

 そこでコンダボルは、黒人がミンストレル(黒塗り)として描かれている昔の玩具や絵葉書などを蒐集している俳優/コメディアンで、現在はトークショー・ホストとしても活躍するウーピー・ゴールドバーグの話を聞くことすらしている。

 それでもコンダボル自身、今も答えが出せないままでいる。アプーをどうするべきなのか。番組から抹消? インド訛りを無くす? どちらも解決策には思えないのだ。単純かつ過激な人種差別と「ステレオタイプ」の違いがここにある。

 いずれにせよ、『シンプソンズ』からの回答に大きく落胆したコンダボルは、今後も探索と試行錯誤を続けていくのである。

 追記:4月25日、アプーの吹替え担当のハンク・アゼリアがトーク番組に出演し、アプーの吹替を降板したい旨を語った。アゼリアはドキュメンタリー『アプーにまつわる問題』を観、「南アジア系の人々がアプー・ネタで虐められる」ことに悲しみを覚えたとも語った。
(堂本かおる)

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