女性が早期退職しなければならなかった理由 「おばさんは陰気で鈍いからサービス業に向かない」

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 前回、年齢についての男女の二重基準に触れた際、1970年代までは多くの企業に「男女別定年制」や「女子若年定年制」が存在したと書いた。

 例えば、名古屋放送は就業規則で、男性の定年は55歳であるのに対し、女性は30歳と定めていた。しかし女性社員らが差別待遇として訴え、1972年に名古屋地裁が、民法90条(公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする)を根拠に就業規則の無効を言い渡している。

 同時期の男女別定年制(女子若年定年制を含む)についての訴訟に、「伊豆シャボテン公園事件(男性57歳、女性47歳)」「東急機関工業事件(男性55歳、女性30歳)」「岩手県経済農協連事件(男性55歳、女性31歳)」などがあるが、いずれも「名古屋放送事件」同様、民法90条を根拠に、年齢別の規定について「無効」の判決が下された。

 「伊豆シャボテン公園事件」では会社側が控訴、上告し、いずれも敗訴しているが、女性のみ47歳定年とした理由について、会社側はこう主張した。

「(サービス業であるため)若い女性の持つ『若さ』『明るさ』『やさしさ』『清潔感』『機敏性』を要求し(ママ)、中高年層の女子に不向きである」

「女子従業員は、能力も低く、管理的能力や各種の専門的業務を修得する能力を欠き、他の職種への配置転換が不能である」

「女子は、40代後半に肉体的更年期を迎え、労働能力が低下し、賃金と労働能力との不均衡が男子よりも早く生ずる」

「女子は、男子に比して企業貢献度が低く、年功序列型賃金体系のもとでは賃金と労働能力との不均衡が男子より早期に生ずる」

「男子は、一家の大黒柱として永く労働に従事して家族を扶養するのに対し、女子は、家計補助的労働に過ぎず、40代後半まで労働する者が少ないのが実情である」

「他の企業においても一般的に男女別の定年制を定めている」  (裁判所ウェブサイトより)

 まとめると、「おばさんは陰気で意地悪で不潔で鈍いからサービス業に向かない。そもそも女は能力が低いのに更年期を迎えるとますます使えなくなり、雇い続けると企業が損をする。女の労働は家計補助に過ぎず、40代後半まで働く者は少ない。だからどこの企業も女は早期に退職させている」となる。

 現在も同様の考えに立つ企業がないとは言えない。男女別定年制のない現在の企業が、それでも若い女性しか雇いたくなく、しかも男性と同等の賃金を支払いたくなく、昇格もさせたくない場合は、どうしたらよいか。派遣社員や契約社員として若い女性を期間限定で雇い、低賃金の職種にパートタイマーとして中高年女性を雇えばいいのである。

 ところで、男女の年齢差が10歳以上ある場合の男女別定年制は、民法90条を根拠に「無効」とされたが、5歳以内となると判決も分かれた。

 「男性60歳、女性55歳」という定年制は違法ではないとする複数の判決が、しばしばその理由として挙げていたのが、厚生年金の受給開始年齢である。1986年4月に基礎年金制度が導入される以前は、「厚生年金保険法」42条が、老齢年金の受給開始年齢を「男性60歳、女性55歳」と定めていたため、これに合わせて女性が5年早く定年となることは、理に敵っているとされていたのである。

 しかし、1980年代になると厚生年金の受給開始年齢は、男女別定年制の理由として認められなくなり、「5歳差」の定年も違法と判断されるようになった。

 「男性62歳、女性57歳」という男女別定年制が違法と判断された「放射線影響研究所事件」(1984年)の判決文には、「老齢年金は労働者が老齢により労働能力を喪失した老後の生活を保障するためのものであるから、労働者が働く意思と能力を有し、企業がそれを受け入れることが可能であるとき、右老齢年金が支給されることを理由に労働者を定年退職させることは右法律(厚生年金保険法)の目的にそわない」(『労働判例』425号)とある。

 年金の受給開始年齢の男女差は、年金財政の面から、受給権者の多い男性(当時、サラリーマンの妻には受給資格がなかった)の年齢を5歳上げたことから生じたのだが(『法曹時報』36巻8号)、男性の受給権者が多く、女性の受給権者が少ない背景には、男女別定年制をはじめとした“女性が働き続けることができない環境”が存在した。

 つまり、男女別定年制が招いた受給開始年齢の男女差が、男女別定年制を肯定する理由として用いられていたということになる。

 この判決が下された翌年の1985年に、「男女雇用機会均等法」が成立した。均等法成立までの過程には、差別待遇に抗した女性労働者たちの地道な裁判闘争があったのだ。

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