白斑のスーパーモデル、ウィニー・ハーロウ〜新たな「美」を突きつける

文=堂本かおる
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新たな「美」の基準

 ウィニーの存在は、ファッションの、そして美の基準を根底から覆した。ウィニーの肌はなめらかで美しいが、茶色い地肌と白斑のコントラストは強烈だ。細く長い腕と脚、ボディにも大きな白斑が広がり、見る者の視線はいやでも白斑に引き付けられる。肝心の服より、モデルが注視されてしまうのだ。

 だが、ウィニーは服を見事に着こなしてしまう。見る側は白斑の存在を忘れることはないが、それもウィニーと服の一部となり、それどころか白斑があるからこそ服が引き立ち、ウィニーのモデルとしての存在感を一気に高めてしまう。これがモデルとして人気を得た理由だ。

 デザイナーだけでなく、あらゆるアーティストがウィニーに夢中になる理由もそこにある。ビヨンセはヴィジュアル・アルバム『レモネード』に多くの「存在感のある女性」を招いた。アルビノのモデルのエイヴァ・クラーク、筋肉美のセリーナ・ウィリアムスなど、旧来の女性美の範疇からは外れた女性たちであり、ウィニーもその一人だ。ビヨンセは、こうした女性たちの個性を女性の新しい美として認めることを宣言したのだった。

 JMSN『Over Fear』のビデオ・クリップでは、ウィニーは黒いラバースーツを着せられている。スーツが裂かれると、ウィニーの白と茶の斑紋の肌が現れる。カメラはその肌を執拗にクロースアップで追う。ウィニーの肌の特異性そのものに惹かれ、フィーチャーした例だ。

ファンが「白斑メイク」

 ウィニーは自身の肌について話すことを躊躇しない。子供の頃から肌の症状について考え続け、悩み続け、モデルとなったのちはメディアやファンから肌について聞かれ続ける日々。TED Talks/ Ted x Teen にも登場し、「私の物語は私の体にペイントされている」と題したトークをおこなっている。

 一時は白人のファンがメイクアップでウィニーの顔を真似る現象も起きた。茶色いファウンデーションを塗り、ウィニーと同じように目鼻と口の周りだけを白く残すのだ。黒人のウィニー・ファンは「黒塗りだ」と憤慨した。ウィニー自身は慎重に言葉を選びながらも、アートとしての憧れであり、黒塗りではないと語った。また、白人だけが「黒塗り」と批判されるべきではないとも付け加えた。言い換えれば、白人であれ、黒人であれ、自分の医学的症状をメイクアップで真似するべきではないということではないかと思われる。

少数派が「普通に」メディアに出ること

 筆者はNYの黒人街ハーレムに暮らしている。ときには道で白斑の人と出会う。地肌の色の濃い人、白斑の大きな人ほど目立ち、無意識に見てしまうことがあった。

 あるとき、白斑の女性をインタビューした。インタビューのテーマはまったく別件であり、白斑には触れなかった。テーマに沿って1時間近くも話しているうちに、相手が白斑であることは忘れていた。最後に相手の写真を撮る段になって思い出したが、他の女性たちを撮影するときと同様、なるべく写りの良い写真を撮るようには努力したが、白斑を隠す撮り方はしなかった。

 ウィニーについても、モデルとしての写真を見ていただけの時期にはやはり白斑に目がいくことが多かった。だが、インタビュー映像で朗らかに話すウィニーを何度も観るうちに、先のインタビュー相手の女性に対するのと同じく、白斑であることへの意識、違和感はなくなってしまった。ウィニーもまったくの「普通の人」なのだ。

 白斑に限らず、少数派の人々が露出する必要があるのは、これが理由だ。人間は見慣れない相手には自ずと距離感を持ち、バリアを築く。だが、いったん人として触れ合うとそのバリアはあっさりと無くなってしまう。

 少数派に属する者が全員表出する必要はない。それぞれに得手不得手があり、ウィニーやエイミーのように人前に立つことが天職であろう人がその役割を果たす。それが世間の少数派への、この場合は白斑へのバリアを打ち壊すのだ。

 ウィニーは外交的で、独特のオーラがあり、話術も巧みだ。もしかすると演技もこなせるのではないかと思える。将来、ウィニーが映画かドラマに出演することがあれば、そのときは「白斑の人」を演じるのだろうか、それとも、あるキャラクターを演じ、そのキャラクターが「たまたま白斑」なのだろうか。

 最初に挙げたカヴァーガールCMのキャッチコピーは、「なぜ溶け込もうとするの?目立ち方を選べるときに」だ。一方、ウィニーは言う。「私の肌の症状は私の一部。けれど、私を定義付けるものではない」。

 一聴すると相反するメッセージだが、実はともに真だ。医学的な症状ではあっても、それとともに生きる以上、それを自分の一部として、人によっては個性として携える。だが、それはあくまで自分の一部であり、その部分が自分のすべてを表しているわけではない。

 少数派である当人にとってはごく当たり前のことを、多数派は理解する必要がある。それを助けてくれるのが、ウィニー・ハーロウなのである。
(堂本かおる)

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