女の子の冒険はおつかいだけ? 絵本の多様さ・複雑さを解き明かす『絵本を深く読む』

【この記事のキーワード】

女の子がおばあさんを食べてしまうエログロナンセンス民話が
行って帰ってくる冒険者の赤ずきんを生み出すまで

 まず取り上げられた赤ずきん絵本はアメリカの人気絵本『Little Red Riding Hood』(Candice Ransom)。この赤ずきんちゃんでは、少女は「ワインとケーキ」ではなく、「パンとチーズと果物」を持っておばあちゃんの家へ出かけます。登場するオオカミはなんと白い身体にジーンズとシャツを着用。白人の赤ずきんを黒人が襲い、その黒人が殺されるという連想を招くのがまずいのでしょう。

 オオカミはおばあさんを食べずに戸棚に閉じ込めるだけ。そして、やって来た赤ずきんに「お前を食べるためさ」と飛びかかってきますが、赤ずきんは俊敏に飛びのいて危機を免れます。オオカミは窓から転げ落ち、殺されることなく退場します。

 ヘルシーなお土産を持参し、強い男性に助けられることなく、自分の力で身を守る赤ずきん。そして動物愛護の面からも問題の無い、政治的に正しい赤ずきんです。

 しかし、こうした改変は昔話の中に潜んでいる人々の感情をそぎ落とし、アイデンティティを奪うことでもあります。こうした前提を踏まえ、この章では、ペローが採集し、書き留める前の民話も議論の俎上にのせています。

 まず、民話の女の子は、ずきんをかぶっていません。オオカミはおばあさんを食べてしまうだけでなく、その肉と血を女の子に食べさせます。さらに、女の子は服を脱いでベッドに入ります。そして、食べられそうになった女の子は、「おしっこがしたい」といって庭に出て、つながれたひもを木に結んで逃げ出し、無事に家に帰るのだとか。なかなかのエログロナンセンスで、だからこそ生命力を感じる話でもありますね。

 赤ずきんの研究者であるザイプスは、この変換を「民話の『百姓の娘』は率直で勇敢で抜け目ないが、ペローの赤ずきんはかわいくて甘えん坊でだまされやすく、たよりない」とまとめているそうです。しかも、ペローの赤ずきんでは女の子は食べられておしまいなんです。実は、現在流通している「猟師に助けられて家に帰る」赤ずきんはグリム版なんですね。

 こうした赤ずきんの変換を踏まえた上で、紹介される各国の赤ずきん絵本はとても多彩です。

 まだ絵本画家でなく、妖艶な画を描くイラストレーターとして知られていた頃の片山健が澁澤龍彦の再話によって描いたエロチックな赤ずきん。ファッション誌で活躍したカメラマンのサラ・ムーンによる幻想的な写真絵本。絵本画家としてキャリアを積んだ片山健が、窓から逃げ出す民話の少女をとてつもなくたくましく描いた絵本などなど。

 中でも印象的なのは、矢川澄子の再話と飯野和好の画によるものでしょう。矢川の再話は赤ずきんのセリフを増やし、言葉つきも変えていて、少女の性格に力強さを与えます。

 そして、飯野は少女の造形をタワシのようなもじゃもじゃ頭で力強い目つきにしました。彼の作風である人物のアクの強さが、そのまま女の子の力強さにつながっています。さらにこの絵本の大きな特徴として、最後の見開きページに少女がひとりで森の中を帰宅する場面があることを指摘します。この場面が付け加えられたために、少女が「行って帰ってきた」冒険者となるというのです。

 うっかり寄り道をしたためにオオカミに襲われ、最後は銃を持った男性に助けられる赤ずきん。その構造は変わらないはずなのに、演出ががらっと変わったことで冒険者としての赤ずきんが誕生するというのはとても面白い。

 古めかしい価値観に支配されていると指摘されていた古典が、演出の変化によって冒険に行って帰ってくる女の子を描くことに成功しているのはなかなか痛快な話です。再話によって、力強い民話の少女を取り戻したと言えるかもしれません。

 このほかにも、同書では、ピーター・ラビットの作者ビアトリクス・ポターの、親に半ば幽閉されて育ちながら絵本作家になり、最後は農場主となるという奇妙な一生と作品との関わりについて。複雑化した社会で生きる子供たちに寄り添った結果、成長を主題としなくなったポストモダン絵本について。そして無意識の世界を絵画化し、生命の複雑さを描いた『まどのむこうのそのまたむこう』(センダック)の主題の追求など、「絵本だからこそ表現できる世界の豊かさ」を読み解く楽しさが詰まっています。

 灰島かりは2017年に本書の完成を見ることなく病没されました。今後彼女の手による絵本論を読むことはかないませんが、本書によって絵本の世界の広さを知った読者なら、その楽しさをそれぞれ自らの力で深めることが出来るでしょう。

(池田録)

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