
生き延びるためのマネー/川部紀子
こんにちは! ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。
先月末から、強制わいせつ容疑で書類送検され、起訴猶予処分となった元TOKIO山口達也氏の話題で持ち切りです。その対応をめぐり、タレントや一般の人がさまざまな声を挙げていましたが、5月6日に、ジャニーズ事務所が山口氏と「契約解除」したことを発表しました。
私は、ファイナンシャルプランナーとして個人のお金についてお伝えする一方、社会保険労務士として企業に対して「人」についてのコンサルティング業務もしています。その仕事の中には、例えば、人を雇った場合に会社側がやらなければならないこと、雇っているときの法律上(労働基準法など)の注意点、解雇のルールなどをお伝えすることが含まれます。
仕事柄、今回の話題で気になったのが、多くの人が「雇用」を理解していないこと、です。そこで今回は、誰が悪い、何が悪いには触れず、仕事先と働き手の「契約」という観点でお伝えしていきたいと思います。
タレントの大半は芸能プロダクションの社員ではない
どこかの会社で仕事をしてお金をもらうという働き方には、アルバイト、パート、契約社員、正社員、派遣社員などが思い付くと思います。これらは全て「雇用契約」です。雇用契約とは、会社側と従業員には主従関係があり、従業員はあくまで使用される立場です。そのかわり、労働基準法などに守られています。雇用契約書には、労働時間や残業代についても書かれています。それに対して、タレントという職業の場合、専属マネジメント契約、業務委託契約などの働き方があります。名称はいろいろですが、大半は「雇用契約」ではありません。
雇用契約ではないということには、多くの注意点があります。
例えば、残業という概念がないので1日に何時間働いても問題がありません。仕事で大けがをしても、過労死をしても会社側の責任にはならないので、「労災保険」の対象とはなりません。最低賃金というルールも適用されないので、働いているわりに実入りが少ない可能性もあります。社会保険への加入も自分の義務ということになります。「自営業みたいですね!」と言われたことがありますが、「みたい」ではなくまさに自営業なのです。
テレビでタレントが「ウチ、お給料制なんですよ!」とか、「給料明細を見たら……」などと言っているのを見たことがあると思います。しかしおそらく大半は「給料」ではなく「報酬」です。名称はどうでもいいですが、お給料制と言っているのは単なる「定額制」のことで、給料とは中身が全く違います。また、給料明細・年末調整というものはなく、確定申告を自分ですることになります。
契約書にサイン・押印したのは紛れもなく自分
雇用契約ではないにも関わらず、芸能プロダクションに所属した時点で大半は「専属」となり、全ての仕事は事務所を通すことになります。事務所を介してタレントは仕事をして、事務所に対価が振り込まれ、そこから何パーセント分の報酬がタレントに支払われます。事務所が何パーセントをタレントに払うかもほぼ自由。契約期間も通常は1~3年ですが、極端に長い契約も存在します。事務所との契約が終了しても、作品や芸名の権利は事務所のもの、という場合も多々あります。
タレントが芸能プロダクションと裁判になったという話が出るのも納得いくのではないでしょうか。
タレントが、事務所の非常識な契約内容に対して裁判を起こして勝訴する例もありますが、不満を持ったまま消えていくケースの方が多いと思われます。もちろん、ひどい契約内容ばかりではないですし、間違いなくサインや押印をして契約したわけですから、本人の責任がまったくないというわけではありません。未成年なら、保護者が出てくる場面ですが、保護者も無知であれば意味がありません。契約を結ぶ際は十分慎重にならなければなりません。
事務所とタレントは対等か?
芸能プロダクション側にも大きな注意点があります。
最大のポイントは、「対等で独立した関係であるか」です。つまり、芸能プロダクションとタレントは、同じ自営業者として同じ立ち位置である必要があり、タレントに指揮命令をしてはいけないのです。実際には対等ではなく指揮命令下においていたと判断され、「労働者」であり実態は「雇用契約」だったとされた例もあります。こうなると、事務所は大変です。
今回の山口達也氏の話題では、「会社員なら解雇だよ!」という声を多く見かけましたが、労働者でないので、そもそも「解雇」という概念が存在しません。期間満了前に契約解除となるルールを定めている契約書もあるかもしれませんが、問題のあるタレントには仕事を振らず、期間満了時に更新しなければ済みます。
また、「社長が出てきて謝るべきだ!」「会社に管理監督責任があるだろう!」という意見も見られますが、事務所があまり出過ぎるのもおかしいのです。事務所はタレントと対等で独立した関係として契約しているので、会社役員や社長はタレントの上司ではありません。
仕事を振ってくれたテレビ局などは、事務所にとっては直接の取引先ですから、一般人には考えられないほどの謝罪をしているはずです。でも、タレントの管理監督責任を公に認めてしてしまうと、上下関係、指揮命令関係を認めることにもなりかねませんから、会社としても難しい問題だと思います。
「退職願を事務所に出さずにメンバーに出すのがおかしい」という指摘もありますが、使うことが難しいタレントには仕事が入らず、そのうち契約期間が満了するだけなので、会社に退職願を出すようなルールすらないと思います。会社としても、こんなルールを課してしまうと、「雇用契約」という印象が大きくなってしまいます。
個人的には、案外、この事務所は契約内容を意識したリスクヘッジが徹底されているのかも、と思いました。もしも、社長が出てきて謝るとしたら、あくまで管理者としてではなく、「人として」という風情になるでしょうから、その言葉選びには興味があります。
今回の話題は、今後、一般の働き手にとっても関係してくる問題だと考えています。働き方改革が進み、企業は人への仕事の振り方を変えていく可能性が高く、個々人の働き方も「副業」「フリーランス」など多様化することが想定されます。今回の話題から最低限の「働き方」と「契約」に関する知識を得ていただければと思います。