ナギ「別の友人にも親に虐待され、中卒で家を追い出された人がいるんですが、その子も『自分が発達障害で苦労をかけたのが原因で、親は悪くない』『自分が傷ついて済むことなら、それでいい』と言うんですよね。みんな、親を恨んでいなくとも、結果的には心身ともになにかしらの傷を抱え、まともに生きていくのが難しい状況です。そこへ自己満足かのような胎内記憶の話を持ち出され、魂の修行だのインナーチャイルドを抱きしめろだの言われても、腹がたつだけです。そんなことを言う人は、現実を知らないなと」
こうしたナギさんの背景も知りつつ、〈セラピスト〉の肩書を得たS子さんは、次のようにたたみかけてくるそう。
ナギ「S子定番のトークは『あなたがお母さんを愛し許すことで、世界中の同じような境遇の人を救っている』。いわゆる、スピリチュアルなワンネス=すべてはひとつの世界のもの、というノリです。個人の話が、いつのまにか世界規模の話にすりかえられるの繰り返しでした。私は、母を許せない愛せない自分をとても責めました。いちばん長い付き合いの友人に、『子どもはお母さんを選んで生まれてきている。だからあなたがお母さんを愛せないのは不自然だ』と暗に責められつづけているようで」
それができないから苦しいのに
ナギ「そもそも『子どものころの自分を思い出して、よしよししてあげて?』 とか言われても、私は解離してしまうんですよ。記憶が飛んでしまう。子ども時代を安易に思い出すのは、私にとって苦行なんです。今通っているカウンセリングは認知行動療法で、そこでもマインドフルネスとかインナーチャイルドセラピー的なものは出てきますが、それは過去に戻る前に〈自分は安全な場所にいる〉と確認できる前提があっての話です。過去を思い出すことをひとりでやるのは、病状を悪化させる恐れがあると聞いています」
困惑するナギさんを置いてきぼりに友人S子さんの暴走はさらに加速し、「明らかに治療が必要に思える」という、強迫観念に悩む別の知人との〈ワークもどき〉も押しつけてきたと言います。
ナギ「S子曰く、同じような心の傷を抱えている同士が助け合って乗り越えるという、成功体験を作ってあげたかったと。もうそれは、病を根性で治せと言っているようなもの。それができないから苦しんでいるのに。医療機関でのカウンセリングでは半年かけて信頼関係を構築し、そこから徐々に……というステップを踏んでいるのに、S子のやりかたは、使い方も分からない子どもにナイフを渡しているようなものです。いきなり『苦しみと向きあって、親を許してね!』『それが世界規模の幸せ!』と言われましても。ちなみに、セラピストなんだからS子こそが、その友人をケアしてあげればと言うと、『自分はそういう経験をしていないから、わからない』だそうです」
信頼関係をベースにした治療
すさまじい無責任っぷりに、話を聞いていてひたすら唖然。S子さんはほかにも、鬱で寝込む友人の話が出れば「それはお母さんの胎内に戻りたいから」、つらい成育歴は「空の上で決めてきた試練」「魂のレベルがあがる」というドリーミーな物語で解説。逆に主治医は、問題について具体的な指示を出してくれるそう。
ナギ「カウンセリングではストレッサーに対し、自分がどう対応していくかを観察し、描き出して分類するなどの宿題も出ます。普通の人は、『されて嫌』ということは我慢しない。でもあなたは我慢してしまう。それで具合が悪くなる。嫌だなとかダメとか思ったら切りなさい、とかわかりやすく説明もしてくれます。その指導がはじまる前に半年かけて信頼関係を作っていきましたし、助けを求められる場所の必要性も実感しました。それは保健所だったり主治医の先生だったり。金銭的にも感情的にも医療的にも、助けになるものを確保してからでないと、心の傷にうかつにふれてはいけないんですよね。それをセラピーもどきは、なぜいきなり核心=傷に触れるのか。危険なことだと思いますよ」
医療機関とつながっていたおかげで、S子さんの「セラピーごっこ」はその後拒否することができたというナギさん。今では、昔話を楽しむ程度の、いい距離感の関係に修復されたそう。
ナギ「一緒に乗り越えろと押しつけられた強迫観念の友人は今でも正直心配ですが、私も病人ですから、頼りあっても共倒れになるだけです。S子もその後、夫の住む地域へ移住し、今は新生活で忙しくセラピー活動どころじゃなくなったのだと思います」