【パリ・ギャラリーラファイエット】現代のココ・シャネルのようにパールを纏った女性

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「えーーっ、全然細いじゃん。」

このフレーズを人生で一度も聞いたことのない女性は、ほぼいないのではないだろうか。

「ダイエットしてるんだよね……」とか、「ボディラインが分かる洋服なんて着られない……」といったコールに対する形式美的レスポンスは、たいていの場合、善意とともに用いられる。

「あなたは全然太ってないよ! 大丈夫! 気にしないで!」

優しくて配慮に満ちた否定は、私なんて……と悩む気持ちを明るく勇気づける。一方で、「太っていること=悪」という図をより強固なものにしていくのだ。

今年も、気温の上昇とともにスリム談義が街に飛び交い始める。女性誌でダイエット特集を見かけるたび、私は一人の女性を思い出す。

2014年の夏、私はパリのギャラリー・ラファイエットの前に立っていた。
ギャラリー・ラファイエットは19世紀から続く老舗百貨店である。巨大なドーム型の天井が美しく、手堅くもイケイケな品揃えで、私の中では伊勢丹的イメージだ(ちなみにプランタンは大丸、ボン・マルシェは高島屋的イメージだったりする)。

化粧品や鞄のショップが狭い通路に美しく詰め込まれた1階を抜け、エスカレーターで上がった4階。ランジェリーフロアに、その人は立っていた。

年齢はたぶん30代後半か、40歳くらい。淡いブロンドヘアを後ろでゆるくお団子にまとめている。黒いジャージー素材のTシャツに、同じ素材のぴったりしたスカート。甲の詰まった黒いパンプス。

そして、パール。
パール、パール、パール。
パール、パール、パール、パール、パール!
首もとに5連のネックレス。腰に長いものをラフに1本巻きつけ、さらに両手首に1セットずつ。とにかくパール尽くしだ。

こう書くとものすごくコッテリした装いなのかと思われるかもしれないが、彼女の佇まいは今まで見たことがないほどエレガントだった。
無数の白いパールは彼女の身体のラインに沿ってなだらかに隆起し、それぞれの連なりが黄金比といえるバランスで、たっぷりと距離をとりあっている。
柔らかなジャージー素材の服がパールの光沢をしっとりとおさえながら、銀河のように黒く、豊かに広がる。

そう、彼女は太っていた。

(C)はらだ有彩

(C)はらだ有彩

ジャージー素材のセットアップにパールといえば、シャネル。
ちょっと気が引けてしまうほどに有名な取り合わせだが、やはり私もこの時、シャネルのことを思い出していた。
1916年、ココ・シャネル、本名ガブリエル・ボヌール・シャネルは、当時はまだ下着のイメージが強かったジャージーを用いて女性用のスーツを作った。当時の婦人用衣服についていた動きづらい装飾を取り払い、代わりにパールを何重にも巻きつけることを提案した。

20世紀が始まり、女性はコルセットを脱いで、自分で好きなように身体を動かすことができるようになった。一人で着替えることができる。思いのままに立ったり座ったりできる。気ままに歩いていくことができる。スポーツも楽しめる。
そんな開放の予兆の中、自分の身体とハッピーに付き合っていくために設計されたシャネルの装いに、女性たちは熱狂した。

しかし1920年代になるとーーその頃シャネルの人気は不動のものになっていたがーーモダンを追い求めるムードの中、無駄がなく、あけすけで、スリムであることがおしゃれだと考えられるようになった。ペットまでシュッとした体型のグレーハウンド犬が流行したという。この流行は、シャネルが華奢な体型だったことにも由来しているという説がある。

それから1世紀の時代が流れて、現在、シャネルのデザイナーはカール・ラガーフェルド氏が務めている。
2009年、彼は極端に痩せたモデルが健康を害したり亡くなったりするファッション業界の問題に対して「痩せたモデルに反対するのは、ポテトチップスの袋を抱えてテレビの前に座っている太ったママたちだけ」「夢と幻想のファッション界で、誰も丸い女性など見たがっていない」と発言してメチャメチャに炎上していた。

しかし、痩せていることは太っていることよりも素晴らしいのだろうか?

下着売り場に立つ彼女は太っていた。そして信じられないほどイケていた。
もしも痩せ型の人が彼女と同じ量のパールを身につけたとしたら、たぶん、人間のほうがパールに負けてしまうだろう。身体:装飾の表面積のバランスが崩壊し、身体のパワーが装飾の情報量に押し負けてしまうだろう。
彼女のふくよかな身体はパールを完全にコントロールし、支配下に置いていた。

ココ・シャネルのファッションに夢中になった女性たちは、「新時代的で、今っぽくて、これからもっと良い方向へ変化できるんじゃないかと思わせてくれるもの」を求めて柔らかい生地のスーツに袖を通し、スリムな体型に憧れ、毛の短い犬と散歩した。
では今、何が私たちにとって「新時代的で、今っぽくて、これからもっと良い方向へ変化できるんじゃないかと思わせてくれるもの」になるのだろう。
決められた体型ではない。ハウンド・ドッグでもない。
好きなものを好きなだけ選び取り、自分の身体に装着すること。それが最高にしっくりきていること。

ぼんやりと見とれている私に気づき、彼女はゆっくりとした動きで売り場の引き出しを開けた。収納された在庫のランジェリーを指差して言う。
「あなたさっきから立ちつくしてるけど、大丈夫? 眠い? ここ入って寝る?」
冗談だと気づいて私は爆笑した。彼女もげらげら笑っていた。オーバーなジェスチャーに揺れる彼女の身体の上で、パールは大きく孤を描いていた。

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書籍刊行のお知らせ

『日本のヤバい女の子』 (柏書房)

『日本のヤバい女の子』 (柏書房)

はらだ有彩の初めての書籍が2018年5月25日に刊行されます。

日本の昔話に登場する女の子たちの素顔を覗き、文句を言ったり、悲しみを打ち明けあったり、ひそかに励ましあったりして、一緒に生きていくための本です。

刊行に伴い、記念イベントを開催します!

【私たちが昔話になる日を夢見て】

2018/6/2(土) @阿佐ヶ谷ロフトA 開場12:00/開演13:00

詳細→https://asagayaloftt180602.peatix.com/

6/23(土)13:30〜大阪でも開催予定。

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