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米大リーグ・マリナーズのイチロー外野手(44)が本球団の会長付特別補佐に就任した。現役は引退しないということだが、今季の試合には出場しない。多くのイチローファンは何とも言えない気持ちになったことだろう。
今季最後のプレーとなった5月2日(日本時間3日)のアスレチック戦、イチローの妻である弓子夫人が観戦していた。試合終了後、2人はクラブハウスの外で歩み寄り抱擁。笑顔のイチローとは対照的に、「孤高の天才」と言われる夫を支え続けた弓子夫人の目は、赤く充血していた。
イチローの功績と妻「福島弓子」の功
イチローはこれまで日本のプロ野球だけでなく、メジャーリーグでも大きな活躍を見せ世界中の野球ファンを虜にした。2001年にマリナーズにメジャー移籍すると、瞬く間に月間新人MVPを獲得。シーズンが終わってみれば、新人王をはじめ、MVP、首位打者、盗塁王、シルバースラッガー賞、ゴールドクラブ賞などのタイトルを獲得した。それ以降も数多くのタイトルを獲得し、2016年には米リーグ史上30人目となる通算3000本安打を達成。世界中の野球ファンがイチローを称賛した。
そんなイチローを陰で支え続けてきたのが、奥さんの福島弓子夫人だ。元TBSアナウンサーで、出会いはイチローがパーソナリティを務めたTBSのラジオ番組『イチローの気持ちはいつもフルスイング』。弓子夫人はイチローのアシスタントアナだったという。イチローは弓子夫人を気に入り、それ以降はアシスタントアナに弓子夫人を必ず指名するようになる。そしてイチローの猛アタックを経て、1999年に2人は結婚した。
「イチローの活躍の裏には、弓子さんがいる」と言われるほど、弓子夫人は“内助の功”として有名だ。しかし、一般的に言われる内助の功とは少し違う。
内助の功とは日本の慣用句であり、「陰ながら援助する身内の功績。特に、夫の活躍を支える妻のはたらきについていう」(goo国語辞書より)という意味を持つ。字義通りなら、「家で夫の帰りを待ち、食事などの身の回りの世話をし、夫が留守の間、家を守る」というイメージを持つ人も多いのではないだろうか。しかし、弓子夫人のように、旧来のイメージを覆すスーパー内助の功な女性たちは、歴史上でも多く存在した。
内助の功と名高い歴史上の女性たち
≪豊臣秀吉の正妻「ねね」≫
猿と言われた農民時代から、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉には、恋愛結婚で一緒になった正妻「ねね」がいた。ねねは秀吉よりも身分が高く、織田信長や徳川家康とも交流があり、秀吉の成功はねねに導かれたとも伝えられている。秀吉が手に入れた成功は、ねねと一緒になったときから始まっていたのだろう。
≪源頼朝の正室「北条政子」≫
源頼朝の活躍の陰に、正室の「北条政子」がいた。ねねと同様、政略結婚が当たり前の時代に恋愛結婚を果たした政子は、頼朝の戦への勝利に貢献し、鎌倉幕府を成立させた。北条政子いえば、「北条政子の演説」が有名だ。頼朝の死後、尼になった政子は御家人たちを集め、戦に動揺する彼らに語りかけた。「亡き頼朝公の御恩は海より深く山より高い。今こそ御恩を返す時。早く行きなさい。」と。現代まで語り継がれる演説は、政子の亡き頼朝への心からの愛、そして亡き夫を支え続ける内助の功なのだ。
≪松下幸之助の妻「松下むめの」≫
「経営の神様」との異名を持つ松下幸之助を支えた女性、それが妻の「松下むめの」だ。夫が創業した松下電器の経理、事務だけでなく社員教育まで行い、住み込みで働く従業員の食事の支度も行った。会社が経営難に陥った時には「住み込みで一緒に毎日を過ごしてきた店員を切ることなど、絶対にしてはなりません!」と一喝。
この言葉で幸之助は「一人たりとも、社員を解雇してはならない。給与も全額支給。」と決断したと言われている。後年、幸之助は妻むめののことを「負けん気が強く、あまり人前で涙を流すこともなく、ちゃんと自分の主張を通す人」と言う。
「内助の功」は昔の話。福島弓子の夫の支え方
弓子夫人は、まさに歴史上のスーパー内助の功の現代版だ。
2005年にイチロー夫妻はイチローが得た莫大な資産を管理するための会社「IYI」を設立した。イチローがCEO、弓子さんがCFOを務めており、不動産ビジネスを皮きりにシアトルで美容サロン「エンサロン」を経営、他にもマネジメント業やコンサルティング、商品開発、ライセンス許諾、資産運用などの事業を行い、動かす金額は100億にも上るとか。もともと先見の明や商才があったとしても、ここまでの事業はなかなか展開できない。これもひとえに弓子さん自身の努力が大きいのだろう。表には出ないところで、ビジネスについて学ぶほか、英語圏での文化の違い、生活の送り方、人との接し方を必死に学んだはずだ。
これだけ聞くと、夫の世話も満足にせずお金稼ぎなんて……と言う人もいるかもしれない。しかし、家庭の中での弓子さんは、多くの野球選手の妻が一目を置くほどの旧来型の内助の功を発揮してもいる。特に食事へのこだわりは強い。イチローの強固な体づくりの影には、弓子さんの料理がある。一度食べただけで高級店の味が再現できるほどの料理の腕前を持つという弓子さんは、食材に関してもこだわりぬいている。野菜は専業農家から直接取引を行い、水も指定したものしか使用しない。イチローがベストな状態でグラウンドに立てるよう、弓子さんがこだわりぬいたサポートをしているのだ。
現代の「内助の功」の代名詞
一昔前なら、家にいながら夫を支え、活躍を後押しする女性を「内助の功」と呼んだ。弓子さんの場合は、それに「実業家」としての顔が加わる。もちろん家庭の中でも夫を全力でサポートする。夫を送り出した後は、自分も家庭の外に飛び出しビジネスの世界で活躍する。
歴史を変えた男たちを支えた「内助の功」な女性は弓子さんのような女性だ。夫のサポートだけでなく、自分で考え、自分の意見を主張し、一本の筋が通っている。そんな女性が身近にいるからこそ、夫も外で頑張ろうと奮い立つのではないだろうか。
「内助の功なんて死語」だと嘆く人は多い。本当にそうだろうか。現在、政府では「すべての女性か輝く社会づくり」を謳っている。これは安倍内閣の最重要課題の一つであり、国会でも大きく取り上げられている。
「すべての女性が輝く社会」とは、各々の希望に応じ、女性が、職場においても、家庭や地域においても個性と能力を十分に発揮し、輝くことができる社会である、と定義している。(すべての女性が輝く社会づくり本部より)
日本で初めて幕府を開いた夫を持つ北条政子、天下統一を果たした夫を持つねね、現代まで経営の精神を残した夫を持つ松下むめの。これらの女性たちは、皆、政府の謳う「輝く女性」たちだ。もちろん、彼女たちのような「スーパー内助の功」を「すべての女性」にも求められても困る。彼女らの夫は「スーパーマン」である。とはいえ、内助の功であろうとなかろうと、スーパー内助の功であろうと、夫婦が愛しあって、支え合っている女性が輝いていることに違いはない。