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性の話をするのに「資格」がいると感じるのはなぜ? 過剰な自己開示も傷つけられることもなく性を語る場に必要なルール

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 家庭内でも性の話はタブー視されがちです。セックスの話はもちろん、「男性の家族に生理用品を見られてはいけない」など、性に関わることは隠さなければいけないという家庭は多いようです。「(家庭でも学校でも)生理なんです、も言えない」というメンバーの発言に共感が集まりました。生理の話をすると「はしたない」という空気があります。

「産婦人科に行ったりピルを飲んだりすることで、セックスをしたと思われて変な目で見られる」ということがよくあります。もちろん「産婦人科に行く=妊娠やセックスをしている」ではないと知られるべきですが、セックスをしていることで変な目で見られること自体が、本来はおかしな話なのです。

 私は性暴力に関わる活動をするなかで、性暴力のことをなかなか人に言えないことに問題を感じています。このトピックは身構えられがちですが、傷つきや悩みや社会問題としての性暴力についてはまだ話せます。しかし「セックスをどうしたら楽しめるか」などポジティブな話や、具体的な話はできない空気があります。

経験と知識がないと、話せない?

 登壇者はそれぞれ、安心して性の話ができず、性的に消費されてしまうことに問題意識があります。女性が性の話をしていると「じゃあ僕とセックスしましょう」「セックス教えてください」と知らない人からもいわれます。「ちゃかされない、搾取されない場が大事だ」とみつさんは言います。

 参加者から事前募集したトークテーマのなかに、性の話を語りにくい理由に「自分には性を語る資格がないと感じる」というものがありました。「経験がなければ」「知識がなければ」性について話してはいけないと感じるそうです。

 なぜそう感じる人がいるのでしょうか。ひとつには、性がタブー視されている現在、AV女優などのセックスワーカーや性教育関係者といった“性に関する仕事”に就いている人、あるいは高い問題意識がある人しか性の話を語ってない現実があります。

 また性に関わることはプライベートでデリケートな話も多く、「間違った知識をもとに語ったら聞いている相手を傷つけてしまう」という心配もあるでしょう。

 みつさんは風俗という仕事について話したとき、「そういう仕事しているんだ、私はやらないけど」と、ふわっとした嫌悪感を表されるのがツラいそうです。セックスワーカーへの偏見は、性の話題への偏見と地続きなのでしょう。

性の話だけが特別なわけじゃない

 みつさんは、多くの人は「性について話す=自分の経験範囲内のセックスの話」になってしまっていると話します。しかし自己開示をしなくてもセックスの話はできるはずです。

 また知識は必要だけれど、「なければ話してはいけない」だと、自分にはその資格がない、語るハードルが高いと感じてしまいます。「性の語り方だけの、特別なルールがあるわけではない」とメンバーは言います。人のプライバシーを守ることが大事だったり、知識がないことで傷つけてしまったりということは、日常生活でも起きます。傷つけたら謝り、間違えたら訂正し、わからなかったら聞いたり学んだり対話をしたりして考える、そして決めつけない、押し付けない……そうしたことが大切です。性の話は、生活の延長線上にあるのです。

 では、もっと気軽にセックスについて語れるようになるにはどうしたらいいのでしょうか。イベントでは次のような意見が出ました。

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