閉塞感と空騒ぎの90年代に思春期を過ごした、僕らと彼らの物語 『愛と呪い』ふみふみこ×浅野いにお対談

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彼女が酒鬼薔薇を殺して生き延びるまで

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(写真/広瀬達郎)

——主人公の愛子は、“皆殺し”を口にする同級生の「松本さん」が世界を浄化してくれることを期待します。その期待は愛子にとって、酒鬼薔薇の事件が起きて一層の現実味を持つわけですが、最終的には愛子は「松本さん」に捨てられてしまいます。お二人は酒鬼薔薇事件について、いまどのような捉え方をしていますか。

ふみ ああいう「何か破壊してやりたい」みたいな意識って、持っている人間は世の中に点々と存在してたんだと思います。今だったらインターネットで出会ったりするのかもしれないけど、当時はそれもできなくて、ずっと一人でそこにいたんだなって、その憎悪の煮詰まり方を想像するとすごく恐い。

愛子が「松本さん」に捨てられるという展開は最初から決めていました。「松本さん」も愛子も、酒鬼薔薇とは何かが決定的に違うんですよ。自分が「酒鬼薔薇世代」だというのは昔から意識していましたが、しばしば同世代の語る「酒鬼薔薇事件のせいで、自分の気持ちの持って行き場がなくなってしまった。空しい」みたいな感覚をどうしても共有できなくて。それって心の中でずっと酒鬼薔薇と競争し続けているってことでしょう?

私は「松本さん」は、憑き物が落ちると急にいろんなことを忘れてしまう女にしたかったし、愛子では、彼女が自分の中の酒鬼薔薇的なものを“殺す”までを描きたいです。特別な存在でありたい気持ちとか、誰かに救われない苦しさとかに、時間をかけて折り合いをつけるというか……。

浅野 僕は酒鬼薔薇が新聞社に送った「透明な存在であり続けるボク」っていうあの文章、多分当時は読んでないんですよ。事件があったっていう程度の認識しかなくて。でも、今読んでみると、ある意味すごい文章だなって思いました。

僕とふみさんは全然違う感じの10代を送っていたと思うんですけど、個人それぞれの経験の中で抱いていた感覚が、実はあの文章に集約されて行くことに気付いて、ちょっと恐ろしかった。14歳で時代の感覚を言語化できるっていうのは異質ですよ。

ふみ そうなんですよ。「この人の気持ちわかるし、だからこそむかつく」みたいなところで、私はずっと揺れてきて。『愛と呪い』を描いている間も「私と酒鬼薔薇の違いってなんだろう」って考えていました。

浅野 でも酒鬼薔薇は中二病のまま、表現として人を殺してしまった。

ふみ 表現方法、間違えてる。ほかにも西鉄バスジャック事件の「ネオむぎ茶」とか、秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚とか。

浅野 ふみさんも彼らも、みんな年齢が同じだ。

ふみ いわゆる「キレる17歳」。その中で、秋葉原の加藤についてだけは少し違うものも感じるのですが。

浅野 それはなぜ?

ふみ 酒鬼薔薇みたいに少年時代に、つまり中二病のまま事件を起こした子たちと違って、加藤はその時期を抜けて大人になってから、社会的な挫折なりで行きつく場所を決定的になくして犯行に及んだところが。同情するのでもないんですけど。

浅野 視野の狭い思春期に中二病的なものを発症してしまうよりも、もうちょっと社会を見渡せるようになって、自分を客観的に見れるようになったときの絶望の方がより深い。

ふみ 深いと思います。そうなったときに「もうどうにでもなれ」って爆発してしまう気持ちも理解できるんですよ。

私は中二病をずっと描き続けてきて、『ぼくらのへんたい』も実は中二病の話だったんです。二次元の世界とか空想とかがすごく好きで、そういうものになりたくて憧れて、でも「本当は現実ってそんなに面白いものじゃなかったんだ」って絶望して中二病をやめるまでのお話。

そこからは、どうにか自分の足で立って歩いていかなければならない。それがなかなかできないから、何度も作品に描くんですけど。

 思春期の終わりってやっぱり一度自己否定が入るから、それまでの自分と違うものに振れることもありますしね。漫画の好みとかも変わったりするし。

ふみ でもその先を生きていれば、いつか再びその作品を愛することができるかもしれない。そういう体験って、すごく大事じゃないですか。

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ふみふみこ
1982年奈良県生まれ。2006年『ふんだりけったり』で「Kiss」ショートマンガ大賞・佳作を受賞しデビュー。既刊作に『ぼくらのへんらい』など。『愛と呪い』を「yom yom」で連載するほか、「LINEマンガ」で『qtμt キューティーミューティー』も連載中(作画担当)。

浅野いにお
1980年茨城県生まれ。1998年『菊池それはちょっとやりすぎだ!!』でデビュー。既刊作に『ソラニン』『おやすみプンプン』『零落』など。現在、「ビッグコミックスピリッツ」にて『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』を連載中。

(構成/餅井アンナ)

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