
織田信成Twitterより
テレビのスポーツ中継・番組には必ず、視聴者のための解説者が出演している。解説者は、その競技の元選手であった人が多いが、現役時代にどのような活躍をしたのか、全く知らない世代の視聴者も増えているかもしれない。そこで、8人の解説者について現役時代を(ライトに)振り返りたい。面白おじさんと化している解説者も、かつて本当にカッコいいアスリートだったのである。
▼織田信成(フィギュアスケート)
涙もろく、テレビに映っていても号泣することさえある織田信成。TwitterやInstagramでは、子煩悩な愛妻家である側面や、ひょうきんな面を見せてくれているが、解説は的確な言葉で冷静だとフィギュアファンの評判もすこぶる良い。織田信成は常に笑顔を見せてくれるので、観ているこちらまでハッピーになる。
現役時代には、全日本選手権優勝(2位4回)、四大陸選手権優勝、GPファイナル2位(2回)、世界選手権4位入賞、バンクーバー冬季オリンピックで、FSで靴ひもが切れるアクシデントに見舞われたが7位に入った。また、トリノオリンピック代表をかけた2005年の全日本選手権では、規定を上回る回数のジャンプを跳んでしまい、優勝とアナウンスされていた結果が2位に翻ったこともあった。引退から3年後の「ジャパンオープン2016」で、非公認ながら自己最高点を出している。
▼松木安太郎(サッカー)
ネット上で、名言や迷言のまとめ記事や、Twitterで松木安太郎botの非公式アカウントまである松木安太郎。サッカー中継では、解説者というよりも、擬音だらけの口うるさいおじさんと思われているかもしれない。そこは居酒屋じゃないだろう、と。
現役時代の松木安太郎は、東京ヴェルディ1969の前身である読売サッカークラブでDFとして活躍し、日本代表としても国際Aマッチ12試合に出場している。Jリーグがスタートした1993年には、記念すべき開幕戦でヴェルディ川崎の監督を務めた。当時のヴェルディ川崎には三浦知良(カズ)、ラモス瑠偉、武田修宏、北澤豪といったスタープレイヤーが多く在籍していた。ヴェルディ川崎は、この年のJリーグ王者となっている。日本サッカー協会(JFA)公認のS級コーチの資格を持つ松木安太郎。S級コーチは日本代表の監督にもなれる資格だ。
▼青木功(ゴルフ)
テレビ中継で、どんなトッププレイヤーにも親しげに話しかける青木功。メジャー選手権(全英オープン、全米オープン、全米プロゴルフ選手権、マスターズ・トーナメント)の中継では、必ずと言って良いほどラウンドレポーターとして活躍する青木功の姿を見かける。
1980年、青木功は全米オープンで準優勝だった。メジャー大会の成績としては、日本人男子選手の最高位だ。現在も、この順位に並ぶ選手はいない。しかも、優勝を争ったのが、メジャー通算18勝をあげた帝王ジャック・ニクラスだった。また、1983年のハワイアン・オープンでは、最終日の18番ホールでチップインイーグルを決め、日本人として初めてのアメリカPGAツアー勝利を飾っている。
おそらく、青木功の夢は、日本人選手が4大メジャー大会で優勝することだろう。テレビの生中継で、いつか、青木功が歓喜する様子を見てみたいものだ。
▼増田明美(マラソン)
マラソンレースに出場しているほとんどの選手のプライベートにまで踏み込んだ、細かすぎる解説で大人気の増田明美。選手たちの豊富なパーソナルデータをインプットしており、事前の取材に相当な時間をかけているのだろう。彼女は「取材している時間が一番好き」なのだという。キャンパスノートを一週間で一冊使い切ってしまうこともあるそうだ。
1982年、増田明美は初マラソンで、当時の日本最高記録(2時間36分34秒)をたたきだす。翌年には、アメリカで自身の記録を上回るタイム(2時間30分30秒)で優勝した。女子マラソンが初めて正式採用された1984年のロサンゼルスオリンピックに出場するも途中棄権となってしまったが、以降も競技をやめず、92年1月の大阪国際女子マラソンまでレースを続けた。そして同年5月のソウル国際女子駅伝で解説者デビューをしている。現在はレース解説者としてだけでなくナレーターとしても人気で、NHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』のナレーションは広く受け入れられた。
▼江川卓(野球)
小学館ダイム公式サイト「@DIMEアットダイム」が2017年に実施した「1000人に聞いた好きなプロ野球解説者」で、江川卓は1位に選ばれている。作新学院高校時代には、すでに「怪物」と呼ばれていた。プロ入り後にとったタイトルは、最多勝(2回)、最優秀防御率(1回)、最多奪三振(3回)、最高勝率(2回)。1981年には、このすべてを獲得して、2リーグ分立後3人目となる投手五冠を果たしている。この年に沢村栄治賞をとっていないことが不思議なくらいだ。
引退してからというもの、「江川卓はいつ監督になるのか」と噂が絶えなかった。精神論を語る野球解説者が多いなか、冷静かつ的確な理論でぐいぐい攻めてくる江川卓の存在は貴重だ。
▼松岡修造(テニス)
松岡修造が国内にいれば気温が上がる、松岡修造が海外に行くと日本は寒くなる、そんな伝説まで誕生している太陽神こと松岡修造。常にポジティブな発言、かつアスリートへの尊敬の念を欠くことのない誠実な態度で対峙する彼は視聴者人気も高い。
現役時代のATP最高ランキングは46位だった。1995年のウインブルドン・男子シングルスでは、日本の男子選手として62年ぶりにベスト8となった。松岡修造の武器は高速サーブで、絶好調時には世界のトップランカーたちもお手上げだったといわれている。ただ、その引き換えとして、多くの故障に悩まされた。
松岡修造の写真と言葉がのった日めくりカレンダーがヒットしたが、人はいつも元気でいられるわけではない。松岡修造の熱い魂に鼓舞され、「今日も頑張ろう」と思える人は少なくないのだろう。
▼舞の海秀平(大相撲)
いまだに、新弟子検査で身長が足らず頭にシリコンを埋めたことをバラエティ番組でいじられる舞の海秀平。大相撲の解説では、毒舌とユーモアをまじえた物言いに定評がある。一方で、トリノや北京オリンピックで現地リポーターを務めたこともある。
現役時代の舞の海秀平は最高位、東小結。全58場所をつとめ、10年間で385勝をあげている。身長171cmで体重がおよそ100kgと、力士のなかでは小柄ながらも、変幻自在な技をくりだし大柄な相手と取り組むことから「技のデパート」と呼ばれていた。5回の技能賞をもらっていることが、舞の海秀平にとって、何よりの勲章だろう。
▼市川美余(カーリング)
平昌オリンピックで再び注目されたカーリング。ルールを詳しく知らないまま試合運びを見ることとなった視聴者も多かっただろうが、市川美余は解説者として活躍を見せた。また、カーリング男子の日本チームが準決勝進出をかけた韓国戦で敗北した瞬間、生中継で号泣したことがネットで話題にもなった。
現役選手時代は中部電力に所属し2011年から2014年にかけて日本カーリング選手権を4連覇。2013年の世界選手権では7位。当時のチームメイトには、平昌オリンピックでも活躍した藤澤五月がいる。
平昌オリンピックでカーリングが脚光を浴びたのは、選手が健闘したことはもちろんだが、解説者の功績もあるだろう。カーリング男子の中継では、長野オリンピックで5位入賞を果たした敦賀信人の知的なコメントに引きずりこまれた。まだまだ、カーリングはマイナー競技だ。市川美余も含めて、解説者の力で少しでもメジャーな競技へと導いてもらいたい。
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「名選手、名コーチ(名監督)にあらず」という言葉がある。解説者にも同じことが言える。ただ、名選手であった人には、その競技を極めたからこそ見える勝負の核心があったはずだ。その視点を競技者でない視聴者にも伝え、少しでも共有させることができる。その存在は頼もしい限りだ。