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今、サッカー日本代表に「ポリバレント」が求められている理由

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Thinstock/Photo by Baks

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 518日、日本代表を率いる西野朗監督は、キリンチャレンジカップ2018、ガーナ戦に向けてメンバー27名を発表した。ファンやマスコミに最もサプライズとして受け止められたのは、ポルティモネンセ所属の中島翔哉が選ばれなかったことだった。中島翔哉は移籍1年目のポルトガルリーグで10ゴールを量産。A代表初選出となった3月のベルギー遠征でも国際Aマッチ初ゴールを記録していた。2018ワールドカップ ロシア大会の新星として期待されていた選手のひとりだ。西野朗監督は、中島翔哉を27名から外した理由として「(中島が)ポリバレントではなかった」と答えている。

日本代表の「ポリバレント」は誰?

 「ポリバレント」は、本来、化学分野において「多価」を意味する語である。日本のサッカー界では、2006年から2007年にかけて日本代表監督を務めたイビチャ・オシムが「複数のポジションをこなすことのできる選手」を、「ポリバレント」という言葉を用いて説明していたのが始まりだ。日本語では「多様性」と訳されることが多い。

 西野朗監督が今回、招集した選手で「ポリバレント」に当てはまるのは、日本代表のキャプテンとして期待されている長谷部誠あたりだろうか。長谷部は、所属するドイツ・ブンデスリーガのフランクフルトでは3バックで攻撃の起点となるリベロや、中盤の守備を支えるボランチを任されている。西野ジャパン初陣となった、530日のキリンチャレンジカップ2018、ガーナ戦。長谷部は、ハリルホジッチ前監督の際に定位置であったボランチではなく、3バックの中央で先発した。長谷部以外では、左右サイドバックとボランチをこなせる酒井高徳なども「ポリバレント」な選手に挙げられる。

「ポリバレント」が求められる2つの理由

 西野朗監督が「ポリバレント」という言葉を出してきたのには、2つの理由が考えられる。ひとつは、FIFA2018ワールドカップ ロシア大会に連れていける選手が23人までと決められていることだ。ゴールキーパーは、FIFA(国際サッカー連盟)の規定でW杯の23人枠には3人のゴールキーパーを登録しなければならないと定められている。つまり、残りの20人で、ゴールキーパー以外のフィールドプレイヤー10人を担当すればいい計算だ。各ポジションには2名ずつの選手が当てはまる。ただ、その2名のうち1人がケガなどでプレーできない場合、そのポジションに1人しか選手がいなくなってしまい、チームの戦力としては不安要素と成り得る。そのような事態を補うのが「ポリバレント」な選手だ。

 もうひとつは、W杯の試合中に交代できる選手が3人までと限られていることだ。監督として、3人の交代枠は、途中出場で試合の流れを変えてくれる選手や、負傷交代などのためにとっておきたい。もし、「複数のポジションをこなすことのできる選手」がピッチ上に1人でもいれば、フォーメーションを変えることなく、3人の交代枠を積極的に切ることができる。イビチャ・オシム監督時代の日本代表では、当時、J1FC東京に在籍していた今野泰幸が「ポリバレント」な選手の代表格だ。今野は公式試合で3バックの左サイドや右サイドのストッパー、ダブルボランチの一角など複数のポジションを任されていた。

変わりつつあるポジションの概念

 ここまでに例を挙げた「ポリバレント」は、先に書いた「複数のポジションをこなすことのできる選手」の意味だけである。これは、他のスポーツでも使われている「ユーティリティープレイヤー」と、ほぼ同義と考えていい。ただ、イビチャ・オシムが日本代表監督を務めていた時代から、サッカーの潮流はいろいろと変化した。おそらく、最も大きなものは、攻守における選手の役割である。

 現代サッカーでは、攻撃や防御のどちらか一方だけに専念する選手が消えつつある。得点を狙うFWであっても、相手の攻撃を遅らせる「ファーストディフェンダー」としての役目を求められ、最終ラインを守るDFも、軽快にパスを回し、最前線へボールを供給するスキルが必要とされている。つまり、自分のチームが攻めているときは全員が攻撃に参加し、守る際には全員がそれぞれの守備体系を整えるのだ。

 そのようなサッカーが主流である以上、「ポリバレント」の意味は、「ユーティリティープレイヤー」よりも広がっているといえる。以前のサッカーと比べて、ポジションという概念が曖昧になってきているのだ。西野朗監督がガーナ戦へ向けてのメンバー発表で、「差し替えられるならば、ゴールキーパー以外のポジション(の明記)は外してほしい」と漏らしていたのは、このような背景を意識したものだった。単に、複数のポジションができるというよりは、試合の状況に応じて複数の役割をこなせるとしたほうが、より正確な意味として当てはまる。

「ポリバレント」は便利屋ではない

 たとえば、守備的なMFである選手が試合の最初から最後まで、ひたすら防御に徹していればいいというわけではない。監督の戦術をくみ取り、試合展開の流れを読んだ上で、ときには相手陣地の奥まで入り込む。もちろん、味方が劣勢になれば、DFと連携してゴールを守る。単純にポジションを変えるだけでなく、さまざまな局面を臨機応変に対応できる能力、それが「ポリバレント」である。

 いろいろな役割がこなせるという点で、「ポリバレント」は便利屋と軽く思われている節がある。レギュラー選手が試合に出られなくなったときの穴埋めというニュアンスも嗅ぎとれる。イビチャ・オシムがこの言葉を多用していた頃、企業などで求める人材に「ポリバレント」がよく使われていた。たしかに、監督(経営者)にとって使い勝手のいい選手(社員)は貴重な戦力である。ただ、「ポリバレント」は決して、器用貧乏ではない。サッカー競技をよく知り、頭の回転が速く、その状況に応じたプレーを実行できるものが「ポリバレント」な選手と呼ばれるのだ。メッシやクリスティアーノ・ロナウドのような突出した個の才能に恵まれない、あるいは頼ることができないチームだからこそ、求められる資質ともいえる。

 531日、西野朗監督から2018ワールドカップ ロシア大会W杯へ向かう23人の日本代表選手が発表された。W杯は614日に開幕。1次リーグH組の日本は19日にコロンビア、24日にセネガル、28日にポーランドと対戦する。W杯は短期決戦だ。選手個々の能力も重要な要素だが、監督の采配が勝利を左右することも多い。西野朗監督が「ポリバレント」な選手をどのようにピッチ上で躍動させるか、そんなことに注目してみるのも、W杯の楽しみ方のひとつである。

あっしゅ

フリーライター。京都生まれの京都育ちで京都から離れられない♂。音楽と言葉が大好物。憧れの人物はアインシュタインとエルキュール・ポアロとアンディ・ウォーホル。パンダも好き。

twitter:@吉川 敦(ash)

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