お笑い芸人・髭男爵の山田ルイ53世(43)が刊行した『一発屋芸人列伝』(新潮社)が「第24回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の作品賞を受賞――。このニュースを見た瞬間、心が少しざわついた。というのも、私とて<更年期ジャーナリスト>と名乗るジャーナリストの端くれの身である。「ジャーナリズム賞」なる素晴らしき栄誉を勝ち取った人なんて、妬ましさの対象でしかない。ジェラシーのあまり「なにがあっても『一発屋芸人列伝』は読まないわよ!」とのチンケな考えが一瞬頭をかすめたことを、ここに正直に告白しておこう。
「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」が設立されたのは平成7年のこと。新潮社・講談社・文藝春秋などの7出版社の雑誌編集者が世話人となっており、選考は投票形式。出版社、新聞社、フリーランスの編集者約100名が、1月から12月の間に雑誌に掲載された特集記事や連載企画、手記などの中から部門ごとに1点と2点を投じる。得票数の上位各2作を受賞作としているようで、賞には大賞、スクープ賞、作品賞、企画賞、写真賞、話題賞がある。冒頭でも書いたように今回山田氏が受賞したのは作品賞だ。ちなみに今回の作品賞はもう一作あり、その本のタイトルは『小池百合子研究 父の業を背負いて』(石井妙子)。未読だが、タイトルから想像するに間違いなく骨太な内容であろう。その本と同じ賞を山田氏の『一発屋芸人列伝』は勝ち取ったのである。快挙ではないか。
「絶対読むまい」とのチンケな考えを持ったものの……。『一発屋芸人列伝』とはどんな本であるか、内容を紹介された一文を読むとそんな考えは秒で遠くへ飛んで行った。悔しいけどなんだかものすごく面白そうではないか! ここにその文を記そう。
<我々一発屋は、ただ余生をやり過ごしているだけの“生きた化石”ではない――レイザーラモン HG、コウメ太夫、テツandトモ、ジョイマン、ムーディ勝山、天津・木村、波田陽区、ハローケイスケ、とにかく明るい安村、キンタロー。……世の中から「消えていった」芸人たちのその後の 人生を、自らも「一発屋」を名乗る著者が追跡取材。これまで誰も書いたことがなかった彼らの現在は、ブレイクした“あの時”より面白かった?!>
うむ、そらそうだ。大ブレイク期・つまり旬の時期が終わったからといって、芸人たちの人生がそこで終わってしまうわけでは決してない。そこからもずっと人生は続く。長く、長く。いったん眩しすぎるほどの光が降り注ぐ人生を歩んでしまった人たちは、どうやってその後の人生に折り合いをつけていくのだろう……。「読むまい」から「読みたい」へと気持ちが瞬時に変化した。さっそく本を購入した私は最初のページをめくった。
ネタばれになるので、本の内容についてはむろん詳しくは書かない。書かないけれど、これだけは言っておこう! 間違いなく夢中になる。読み進めるうちに、ではなく、もう冒頭すぐから夢中になれるのだ、『一発屋芸人列伝』という本は。小説『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹。『架空OL日記』の脚本で向田邦子賞を受賞したバカリズム。お笑い界には、類まれなる文才の持ち主がすでに存在しているが、間違いなく山田氏も今後はこのふたりと肩を並べることになるだろう。
『一発屋芸人列伝』に登場する芸人は、おそらく誰もが一度はテレビで目にしたことがある人ばかりだ。いや、正直に言うと私はただひとり「ハローケイスケ」なる芸人さんだけは存じ上げなかったのだが……。それはともかくとして。彼らは山田氏の前でいとも簡単に素顔をさらしていく。当然ながら、かつてテレビの前で視聴者に見せていたものだけが彼らの<顔>ではない。あの頃には見せなかったような<ほんとうの顔>や、ブームが過ぎ去ってしまってから生み出された<新しい顔>もある。それらが、山田氏のじわりじわりと確信をつく質問で明るみになっていくのだ。
むろん芸人が芸人をインタビューしているのだから、面白くないわけがない。全編を通して笑いとユーモアに溢れているのだが、それだけではなく、「人生が続く」ことの悲哀と難しさみたいなものも行間にふわりと漂っている。読み進むうちに、一発屋芸人たちのその後の生きざまを笑ったり「この人、大丈夫かな?」と心配しながらも、どこかで少しキュンとしてしまうのだ。誰を、というわけではない。ここに登場するすべての芸人の生きざまに愛おしさを覚えてしまうのである。なにもスポットライトが当たる場所だけに、幸せがあるわけではないのだ。
ちなみに私は<とにかく明るい安村>の章に出てくる、アキラ100%について書かれた部分が一番のお気に入りである。彼の語り口調を山田氏は「過剰にハンサムな口調」と表現しているのだが……わかる! それすっごいわかる! と読みながらニヤニヤが止まらなかった。

(写真/wezzy編集部)
6月4日と5日に『一発屋芸人列伝』刊行を記念したトークショーと山田氏のサイン会が都内で開催され、私は4日のイベントを観覧した。トークショーのゲストは本にも登場しているムーディ勝山(37)とキンタロー。(36)であった。驚いたのだが、まぁ生で見るムーディ勝山の面白いこと。「右から左へ受け流す~」だけじゃないんだ、それ以外のトークもこんなに面白いんだ、ということを初めて知った次第である。さすがは現在65本のレギュラー番組を持っているだけのことはある。それに比べて、この本の紅一点であるキンタロー。からとことん漂うネガティブオーラよ。だが彼女から漂う頼りなげなオーラは男の保護本能に火をつけるのか、山田氏もムーディもキンタロー。がひとこと喋るたびに、なんとか盛り上げようとする努力がすごいのなんのっ! 紅一点というポジションはホントおいしいものだとしみじみと感じたものである。
ちなみに、この日のトークショーの様子を翌日各メディアが報道していたのだが……中にはこの日の主役である山田氏よりもキンタロー。の存在を大きく取り上げるメディアもあった。そして私がその面白さに感激したムーディに至っては「この日はムーディ勝山も出席した」の一行のみ……あぁ、切ない。切ないけれど、これもまた芸人にとってはおいしいのかもしれない。きっと彼は今回の報道もさっそくお得意の自虐ネタに取り入れることだろう。ムーディさん、私はひっそりとあなたを応援しておりますよ。