
若い頃の林眞須美氏
本連載で何度か取り上げたことのある「和歌山カレー事件」が発生してから、来月で20年になる。
夏祭りのカレーにヒ素を混入して4人を殺害、63人を急性ヒ素中毒に陥らせたとして逮捕された林眞須美(56歳)の獄中生活も、今秋で20年となる。一貫して無実を訴え続けている彼女は現在、何を考え、どのように暮らしているのだろうか。
眞須美は、4人の子どもたち(逮捕当時、長子が中学3年生、末子が保育園年中)がそれぞれ独立したのを見届けたかのように、子どもたちへ手紙を書いていた時間を“獄中訴訟”にあてるようになった。大阪拘置所の処遇を不服として、国家賠償請求訴訟を起こし、すでに30件以上も勝ち続けている。
例えば、以前は認められていた絵葉書や靴下、カイロなどの差し入れを禁止されたことを不当として訴え、解禁を勝ち取った。窓からの景色さえろくに見ることができない眞須美にとって、国内外の景色を写し取った絵葉書は何よりの心の慰めであり、靴下やカイロは、暖房のない独居房で、冬の寒さを凌ぐための必需品である。
マスコミ各社に対しても、カレー事件当時、事実無根の報道によって名誉を毀損されたとして次々と訴訟を起こし、勝ち続けている。
これらはすべて、弁護士に頼らず自力で訴訟を起こす、いわゆる「本人訴訟」である。眞須美に「本人訴訟」を伝授したのは、今は亡き“ロス疑惑”の三浦和義だった。
妻に対する殺人未遂容疑で、有罪から一転、無罪を勝ち取った三浦は、2005年3月に眞須美の接見禁止が解除されると、真っ先に面会に行き、支援を約束した。自分と同じように過熱報道に遭い、有罪となった眞須美に同情したのだ。
三浦は、拘置所に収監されていた1980年代半ばから90年代末にかけて、自分に対して名誉毀損報道を行ったマスコミ各社を相手に、500件を超える「本人訴訟」を起こし、実にその8割で勝訴を収めた。
自身の経験から眞須美にも、「マスコミの報道に泣き寝入りしてはいけない。本人訴訟なら、ボールペン一本とやる気さえあれば、誰にでもできる」とアドバイスしたのだ。
拘置所の眞須美に対する処遇は、他の収容者に比べて明らかに厳しい。例えば、以前眞須美が膀胱炎に罹った際、拘置所は病人だという理由で、入浴と運動を10日間禁止にした。洗髪と拭身を願い出ても許可されず、頭が痒くてたまらなくなった眞須美は、10日目に独居房の洗面台で洗髪した。すると、「無断洗髪」ということで「懲罰」扱いにされてしまった。眞須美によれば、他の収容者は洗面台で洗髪しても、見過ごされているという。
また、眞須美の独居房の窓は、ほとんど開かない。冷房がなく窓も開かないとなると、夏は地獄の暑さで、毎年熱中症に陥っている。外が見えないことで拘禁症の症状も増してきている。さらに、虫歯になっても治療をしてもらえないため、現在、上の歯はほとんどなくなってしまった。
昨年、支援者に宛てた手紙には、こう書いている。
歯は抜けて見た目、上唇がないのに等しくなり、髪は薄く白髪となり、顔はシミやシワやクスミやの「シワクチャシラガハヌケババア」となってしまいました。この三畳一間にいて、一番おとろしいことは鏡で自分の顔を見ることです。
眞須美が今、最も切望しているのは、入れ歯を作ってほしいということだ。しかし、いくら願い出ても大阪拘置所は認めてくれないという。いつ死刑が執行されるかわからない死刑囚に入れ歯を作っても無駄になる、とでもいうのだろうか。
こうした処遇には拘置所によって差があり、例えば福岡拘置所では、6万円を支払えば入れ歯を作ってもらえる。冷暖房についても、拘置所によって完備されているところと、そうでないところがあるのだ。
拘置所は、基本的に未決囚と死刑囚が暮らすところである。眞須美にとっては“予定されている”死刑が刑罰であるはずなのだが、現状、毎日の生活が刑罰になってしまっている。眞須美にはぜひ、本人訴訟で入れ歯を手に入れてほしい。
カレー事件については、ヒ素鑑定の過誤が判明するなど、林眞須美有罪の根拠とされた証拠や証言に次々と綻びが生じて来ている。現在、弁護団は再審請求を行うとともに、ヒ素の鑑定人を民事裁判で訴えている。