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裁量労働制で散々な目にあった私が高度プロフェッショナル制度に反対する理由

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Thinstock/Photo by grinvalds

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 採決が先送りされていた働き方改革関連法案が531日、衆議院を通過し、参議院に送られました。参議院でも可決する可能性が高く、施行がほぼ決まったと考えていいでしょう。

 この法案に含まれる新制度「高度プロフェッショナル制度(以降、「高プロ」)」の項目に対し、立憲民進党や希望の党をはじめとする野党が削除を求めている上、多くの有識者から問題視する声が相次いでいます。一体なぜでしょうか?

 「高度プロフェッショナル」というと一部の高所得の専門職にしか関係のないイメージをするかもしれません。しかし、実は職種に限らず、360万円程度を上回る年収の人だったら、誰にでも適用される可能性があるのです。

 この記事では、高プロの概要、その問題点、そして類似制度の「裁量労働制」の元で働いた筆者の経験から、高プロの危険性を検討します。

高プロとは、企業が労働者を「定額使い放題」できる仕組み

 高プロの概要をかなりざっくりまとめると、このようになります。

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・一部の届け出があった労働者に対し、労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日と深夜の割増賃金に関する規定が適用されなくなる
・高度な専門知識が必要な、業務時間と成果の関連が強くない業務に就いていて、年収額が国民の平均の3倍を上回る労働者が対象

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 「高度な専門知識が必要で、業務時間と成果の関連が強くない業務」の具体例として、政府は金融商品の開発、金融商品のディーリング、アナリスト、コンサルタント、研究開発などを挙げています。また、対象は年収がおよそ1075万円を上回る人とされています。

 この情報だけだと、やはり「高所得の専門職に就く人にだけ関係のある話」に思えます。しかし、そうではありません。対象の職種は、法案では明確に限定されておらず、「高度な専門知識が必要で、業務時間と成果の関連が強くない」と判断されてしまえば、どんな仕事にも適用できるのです。

 私には、世の中の大体の仕事が「一人前」と呼ばれるまでに数年かかる専門的な内容で、業務時間が成果に直結しないように思えます。また、年収についても、企業が欠勤控除を駆使すれば、年収360万円程度でも高プロを適用できることを佐々木亮弁護士明らかにしてます。「勤務時間」の概念がなくなるのに、「欠勤」の概念はあるの? と不思議になった方もいらっしゃると思いますが、それも高プロの大きな欠陥です。後ほど詳しく説明します。

 高プロの何がいけないのかというと、企業が労働者を「定額で24時間使い放題」できることです。企業は一定の給与さえ支払い、休日を年間104日さえ与えれば、労働者を1日何時間でも、何日連続でも働かせられるのです。

 政府は、高プロを設ける目的を「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため」としています。確かに、「勤務時間」という概念をなくせば、「仕事の遅い人が仕事の早い人より残業代を稼ぐ」という問題を解決できます。また、出退勤の時間、曜日を柔軟に決められるので、子育てや介護をしている人、障害のある人なども働きやすくなりそうです。

 しかし、先ほども触れましたが、この制度では残業代がなくなりますが、それは残業がなくなることとイコールではありません。欠勤控除される可能性、そして出退勤の時間を企業が定める可能性は残っています。欠勤控除や定時を禁止する記載がないので、企業がやろうと思えばできてしまうのです。なので、例えば深夜4時まで働かされても、企業が出勤時間を9時と指定していたら、疲れが取れていなくても出勤しなくてはいけませんし、遅刻してしまったら、その分減給される、ということも起こり得ます。そして深夜4時まで働いた分の残業代は一切出ません。そんな働き方をさせられても、労働基準監督署はあまり介入できないでしょう。高プロは労働基準法が適用されないのですから。

裁量労働制でさえも危険なのに

 かつて、高プロと類似する「裁量労働制」によって、「定額使い放題」をされた上、欠勤控除をくらった経験が私にはあります。そこで感じたのは、経営者が労働者を搾取しやすい社会構造です。この構造に、高プロが導入されたら、どんなに恐ろしいか、私の経験から考えていただけたら幸いです。

 「裁量労働制」とは、「働く時間を労働者が自分で決めて、柔軟な働き方をしよう」という趣旨の制度です。労働者は好きな時間に出退勤できますが、残業代は基本的には出ません。高プロと違うのは、裁量労働制は労働基準法が適用されますし、22時以降や、日曜日、祝日に働いた場合は、残業代や休日出勤手当の支給が企業に義務付けられています。一方、裁量労働制にも、高プロと同じ落とし穴があります。出退勤の時間を設定することと欠勤控除を、企業に対して禁止していないのです。

 私がかつて正社員として勤めていた零細出版社のA社は、編集者やデザイナーが50人ほど勤めていました。みんな、裁量労働制でした。ここで生じた問題点を一つ一つ追っていきます。

(1)導入にあたり、労働者に無理やり同意させていた

 裁量労働制を導入するにあたって、企業と労働者が「労使協定」という協定を結び、それを労働基準監督署に送らなくてはなりません。協定を結ぶ労働者は労働組合の代表か、労働者の過半数を代表する人物であるべき、とされています。つまり、労働者の中でも、ある程度発言力のある人でなければならないはずです。

 しかし、A社は、その年の4月に入社した22歳の新卒に協議させました。社会経験のほとんどないその社員は経営者と対等に話せず、呈示された書類にひとまずサインするしかありませんでした。高プロは、会社の中で委員会を設置し、その4/5以上の賛成があった場合に導入できる制度になっています。A社のように、経営者と労働者が11で協議するよりも、導入のハードルは高いですが、経営者が非常にワンマンで社員が全く逆らえないような職場や、委員会が発言力の低い若手社員ばかりで構成されてしまったら、導入はたやすくなるでしょう。

(2)22時以降に働いたり、日曜に出勤したりしても、手当はほとんど支払われなかった

 手当が支給されるのに条件があり、撮影や会議など、外部の人とのアポイントがある場合に限られていました。社内で作業した場合は、「仕事を早く終わらせられなかったのが悪い」と言われ、自己責任として扱われました。しかし、一人一人に振られていた仕事は到底、22時までに終わる量ではありませんでした。さらに、社長は社内イベントが非常に好きで、何か思いつくとすぐに社員に衣装作りやダンスの練習などの準備を命じていました。そのせいで残業することになったとしても、何の手当も出ません。高プロでも、勤務時間の制限がなくなったことを利用して、企業が労働者に好きなだけ仕事を割り振るかもしれません。

(3)欠勤控除があった上に、社長が非常識な基準を作っていた

 上記のように残業代や休日出勤手当は出ませんが、平日の10時に出勤しなかったり、休んだりした場合は有給扱いか欠勤扱いになり、減給されました。さらに、「遅刻を3回したら1日分の欠勤扱いにする」と社長が突然言い出し、それがまかり通っていました。この遅刻3回で欠勤1日分という基準は労使協定にはないので、従業員は社長に従う義務はありません。しかし、もし反発すれば嫌がらせを受けるのは明白なので、従うしかありませんでした。

 こうした環境の中、心身ともに不調に陥る社員が続出していました。裁量労働制は労働基準法が適用されているので、労働基準監督署に通報すればよいという意見もあると思います。確かに、労働基準監督署は通報者の個人情報を保護すると表明しているので、一見、訴えるリスクはありません。しかし、小さい会社だと誰が通報したのか、大体分かってしまうものです。判明しなくても、経営者の人間性によっては、疑わしい人に一方的に嫌がらせを始めることもありそうです。実際、A社の社長はそういうことをしそうな人間でした。

 また、この件を弁護士の知人に相談したところ、特にこれから転職を考えている人が、労働組合や労働基準監督署に訴えるのは得策ではない、という助言をもらいました。転職先で内定が決まる直前に、転職先が元の職場に電話をかけ、どんな社員だったか尋ねることがあるがよくあるそうです。そこで、前の企業が、在職中にトラブルを起こしたなどと伝え、内定が出なくなることがあるそうです。やはり本音として、何かあったときに労働基準監督署に通報したり、経営者に反発したりする人を、多くの企業は採りたくないのです。

 そう考えると、労働者の権利が非常に弱いことがわかります。高プロは経営者が労働者を使いやすくする制度と言えますが、すでにこれだけパワーバランスが歪んでいるのに、さらに経営者に有利な制度を導入する意義がわかりません。

 65日から、参議院での審議がスタートしました。衆議院での審議では、政権が野党からの質問に対して話をはぐらかす答弁をするなど、進め方に問題があったことを法政大学キャリアデザイン学部教員の上西充子さんが指摘しています。参議院も同じように進められ、強行採決されてしまうかもしれません。もし、自分に高プロが適用されたら、労働基準法に守ってもらうことが難しくなるため、自分で自分の身を守るしかありません。経営者や上司からの指示を鵜呑みにせず、違和感があったら第三者に相談しましょう。
(北川アオニ)

参照資料
働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱
今後の労働時間法制等の在り方について(報告書骨子案)
高プロ制度は地獄の入り口 ~ High-pro systm is the gate to hell
「朝ごはんは食べたか」→「ご飯は食べてません(パンは食べたけど)」のような、加藤厚労大臣のかわし方

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