「そんなに簡単に世の中は変わらない」と思うあなたに。『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』(岩崎書店)

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『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』(岩崎書店)

 授業でフェミニズムやジェンダー論の基本的な考え方について話すと、いつも決まって何人かの学生からこういう反応をもらう。「そんなに簡単に世の中は変わらないと思います」。「男らしさ」「女らしさ」を個々の男性や女性に押し付けるべきではない、という理念の話をしていたのに、どうして反応として未来予測が返ってくるのか、私にはよくわからない。

 ……と書いたが、実際には想像がつく。多分それらの学生は「男は男らしさ」「女は女らしく」という規範にうまく適応することで、これまでの人生でそこそこ得をしてきたのだろう。だからといって、「私が損するようなルール変更は認められない=これまで同様私以外の人間に不自由な思いをする人が存在し続けてもらわないと困る」と言って他人から自由を取り上げてよいはずがないこともわかっているので、願望は未来予測にすり替わって表明されることになる。

 もちろん、「変わらないと思っているのではなくて、変わってほしくないと思っている」というのはあくまで私の憶測にすぎないし、学生を問い詰めることが私の仕事でもない。そこで、こういった場合にはフェミニズムの歴史について紹介することにしている。つまり、「その簡単に変わらない世の中を、変えた人たちがいて、かつてより少しは男女平等になった今の世の中がある。今の男女平等の具合を『この程度は当然』と思うのであれば、あなただって、もうすでに世の中は変わりうるということを認めざるをえないはずだ」、と私は説得したいのだ。

「女が権利を手に入れられたのは、当時、決定権を持っていた人たちが親切だったからだなんて、早とちりしちゃいけないよ。わたしたちが今、めぐまれているのは、昔の女の人たちが、権利を勝ち取ってきたからなんだ!」(p.25)

 『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』(岩崎書店)の中で、著者のサッサ・ブーレグレーンは主人公の少女エッバの祖母にこう語らせる。現在の世の中が少しでもマシだとすれば、それはその「マシ」な状態を達成するために戦った人たちがいたから。ブーレグレーンは、現代を生きる女の子であるエッバが男女の不平等に疑問を持ち、考えを深めながら行動を起こしていく様子に、まさにエッバとおなじように平等を勝ち取るために苦闘してきた過去のフェミニストたちの功績をうまく並走させる。

 この効果的なストーリーテリングで、フェミニズムの思想とフェミニズムの歴史が互いに手をとりあい現実を動かしてきたことを、読者は容易に理解できるようになっている。フェミニズムの主張が直感的にわかる魅力的なイラストの数々とあいまって、絵本だからこそできる力強さで筆者の主張とフェミニズムへの共感を呼び起こす本著は、「フェミニズムを知るための最初の一冊」としてふさわしいものになっていると思う。

 この本のよいところは、フェミニズムの歴史がきちんと扱われていることだけではない。この書評ではあと二つの点をとりあげたい。一つ目は、大人でもなかなかうまく説明できない「権力」という言葉について、わかりやすい例を挙げて説明しているところである。誰が誰の何を決定できるのか、という側面を抜きに、男女平等について考えることはできない(フェミニズムはずっと「男が女のことを決める」ことに反対してきたのだから)。同時に、政治的な権力を持つ座に女性が少ないことも、女性にとっても望ましい決定がなされるチャンスが失われている、という意味でのフェミニズムの課題である。権力の持つ正負の側面を隠さずに平易な表現で説明するあたりに、多くの児童書を書いているブーレグレーンならではの手腕を感じることができる。

 二つ目。本書では、ベリット・オースというノルウェーの心理学者の研究を引きつつ、「支配の手口」の五類型を紹介している。「いないものとされる」「笑いものにする」「情報をわざとあたえない」「どちらを選んでも文句を言う」「責任を押しつけ、恥をかかせる」のそれぞれに、オースが考えた指の形がイラストで付け加えられている。会議などで男性が(あるいは権力を持っている側が)この手口を使ってきた場合、権力を持たない側同士、この指の形を合図にしていっしょに対抗しよう、とオースは唱えた。この五類型と合図、けっこう使えます。ぜひ本書を何人かで読んで、会議や話し合いの席で使ってみてほしい。

 エッバはフェミ・クラブというグループを立ち上げ、男女平等について考え、行動するようになる。そのストーリー自体、胸に迫るものがあるのだが、ここで忘れてはならないのは、このグループには女の子だけでなく男の子のメンバーもいるということだ。そしてどの男の子も、本当に真摯に男女平等の実現を望み、そのための方策を考えようとしている。だから本書は、いかなる意味でも「おんなこども」の本ではない。平易さと簡明さに下支えされた熱意の魅力を、ぜひすべての人が本書から受け取ってほしい。

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