有安杏果が卒業しても“存続し続ける”ももいろクローバーZは、矢沢永吉や長渕剛と同じく“不変”であることが魅力のアーティストである

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モノノフは、“ももクロ教の信者”である

 このように“不変性”こそがももクロ人気の源泉だったとすれば、結成10周年という記念の年に起こった有安杏果の卒業という事態は、活動の根幹にさえ関わる巨大な事件だったといえよう。これまで変わらなかったももクロが、急激に、しかも根本的に変わってしまう危機だったのだから。仮にメンバーたちの間に「この5人だからこそももクロなのだ」という強い気持ちがあれば、有安の卒業によってそのまま解散、という選択にさえつながっていたことだろう。しかしメンバー4人はももクロの存続を選択し、東京ドーム公演を見事に成功させてみせた。

 逆説的な形ではあるが、今回の危機を乗り越えたことによって、ももクロメンバーとモノノフの中では、「ももクロを続けていく」ことの意味がより大きくなったのではないだろうか。10周年というメモリアルイヤーの、しかも初の東京ドーム公演。その数カ月前にあっけなく有安杏果の卒業を認めたということは、「“5人のももクロ”にはこだわらない」という意思表明であり、裏を返せば「ももクロを信じることができない者は、ももクロには必要ない」というメッセージとも捉えられる。

 もちろん、有安杏果の意思が固かったということは大いにあろう。しかし、それに対して残されたももクロサイドがドライな判断を下したことによって、「1人のメンバーよりも、グループのほうが重要」という意志が明確になったのはまぎれもない事実。残されたももクロメンバー4人とモノノフは、それを受け入れ、東京ドーム公演を楽しみ、そして成功させた。去りゆく者の気持ちも大切だが、それを無条件に上回る優先事項として、「ももクロ」は絶対的に存在する。有安杏果の卒業は、結果としてその事実を浮き彫りにしたのである。

 時にモノノフは、“ももクロ教の信者のようだ”などと揶揄されることがある。変化がなく絶対的なももクロを愛しているという点では、それもあながち間違いではないだろう。そしてその愛は、10周年というまさかのタイミングで起きた有安杏果の卒業によって、より強固なものとなった。となればその深い“信仰心”は、ももいろクローバーZのメディア露出が今後ますます減ったとしても、そう簡単に消え去ることはないだろう。

 ファンに安心感を与え、居心地のいいライブ現場を提供し続けてくれるももいろクローバーZ。新陳代謝が必要不可欠とされる女性アイドルグループとしては真逆のアプローチといえるが、音楽ビジネスという視点で見れば、特段珍しいことをしているわけではない。もちろんメンバーたちの私生活に変化があれば、ももクロとしての活動に少なからず影響を与えることもあるだろう。しかし、それでも「ももクロを続ける」という選択さえできれば、このビジネスモデルのままで継続していけるはず。特に、この2018年、有安杏果卒業からの東京ドーム公演成功という一大事を乗り越えてみせたことで、ももクロが採用した現在のビジネスモデルが正解であることを強く示すことができた。いよいよ安定期に突入したももクロは、まだまだ続いていくだろう。

(文/青野ヒロミ)

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