
愛知県警が撤去したポスター
愛知県警が作成した痴漢撲滅ポスターの表現が不適切だとして批判が集まり、駅などに貼り出されていた500部全てが撤去されたのは今月5日のこと。ポスターには、スーツ姿の男性のイラストがあり、その横に大きな文字で「あの人、逮捕されたらしいよ」との文言や、LINE風の吹き出しで「聞いた?あの人捕まったらしいよ」「気持ち悪 軽蔑だわ」などのやりとりがされているイラストが描かれていた。
これらの表現が推定無罪の原則に反するとして、ネット上で批判が相次いだ。ポスターを撤去した5日までに、県警にはポスターについての電話が55件かかってきており、そのほとんどが批判的な意見だったという。
愛知県警は「痴漢の行為者に思いとどまってほしいという思いだった」とコメントしている。日本では、痴漢を含めた性暴力についての議論が深まっておらず、それらに関する表現について批判が集まることも少なくない。これまで痴漢撲滅ポスターへの批判といえば、女性に自衛を押し付けるような表現に対するものだったことを考えると、今回は目新しいケースだろう。
子供にメッセージを代弁させることへの違和感
筆者は、愛知県警のポスターが批判されている最中、他県のポスターにも注目していた。埼玉県警が今月4日から8日まで行っていた痴漢防止キャンペーンだ。東京新聞の報道によると、埼玉県警のホームページ上などで使用されている痴漢撲滅ポスターは高校生らから募った作品の中から選んで作成したものなのだそうだ。
批判こそ集めていないものの、痴漢という犯罪について子供たちからデザインを募ることに筆者は違和感を感じていた。痴漢というのはまさしく子供たちや、抵抗できなさそうなおとなしそうな人を狙って行われる場合が多い犯罪だ。その被害者たちを守る立場の警察や鉄道会社が、子供達にメッセージを代弁させるのは適切なのだろうか。
また、制服を着た女子学生が痴漢の手を掴んでいるデザインにも違和感がある。これでは自衛を押し付けるようなメッセージにもなりかねない。現実問題として満員電車などでは特に、駅員などが痴漢行為を発見することは困難だろう。被害者本人が声を上げるケースが多いのかもしれない。しかし、警察や鉄道会社には、被害者を守る立場としてのメッセージを自らの言葉ではっきりと表し、「被害者は私たちが守る」のだという姿勢を示してほしい。
学生たちからデザインを集める痴漢防止バッジ
埼玉県警のキャンペーンと同じように、学生からデザインを公募している団体がある。一般社団法人痴漢抑止活動センターだ。同センターは、2016年より痴漢抑止バッジを販売しており、バッジのデザインは、公募対象者を学生だけに絞ったコンテストによって決められている。
文言こそ「痴漢は犯罪」や「私たちは泣き寝入りしません」といった、明確な意志を発するものだが、可愛らしいデザインのものが多い。なぜ、学生からデザインを公募しようと考えたのか。一般社団法人痴漢抑止活動センター代表理事、松永弥生さんに話を聞いた。
「(痴漢について)『俺は男だから関係ない』とか『私は痴漢に遭ったことないから関係ない』っていう風になると、どうしても被害者が孤立してしまうんですよね。コンテストを学生対象にしたのは、みなさんの仲間が痴漢に遭ってるんだっていうのを、一緒に考えてほしいっていう思いがあったからです」
コンテストに参加するために、被害に遭ったことのある友達に状況を聞いたという子もいたのだそう。
「コンテストに参加しようと思ったら、痴漢についていろいろ調べますよね。『自分は関係ない』と思っている被害者と同じ年齢層の子たちに、痴漢について考える機会をもってほしかったんです」
コンテストは今年も8月1日から開催するそうだ。
当事者たちが声をあげられる仕組み作り
痴漢抑止バッジプロジェクトを立ち上げた当初、筆者が埼玉県警の痴漢防止ポスターに感じた違和感と同じような批判があったのだそうだ。
「私たちがプロジェクトを立ち上げたときにも同じようなご意見をいただきました。『加害者が100%悪いのに、なぜ被害者に声をあげさせるんだ』って。
外からはそういう見え方をするんだなと気がつきました。こちらの思いが伝わってないっていうのは、私の情報発信の仕方がまだまだ足りていないか下手なんだと反省し、周りの人がみたときに納得してくれるような伝え方を考え、努力していくべきだなと思いました。
学生参加型というのをきちんと打ち出していきました。学生さん自身が声をあげられるような仕組み作りをしていき、メディア取材で伝えていきました。そうしていくうちに、最近では当初のような批判をいただくことは少なくなりました」
社会全体で痴漢について考える
筆者が埼玉県警が作成したポスターに感じた違和感については「埼玉県警がどういう思いで高校生からポスターのデザインを募ったのかはわからないけど、被害に遭っている人以外の人たちにも防犯を考えてもらうきっかけになるという点で評価したいし、してほしいなと思います」と話してくれた。
「痴漢に遭ってから声をあげるのはすごく難しい。自分もそれはできなかった。一番いいのは痴漢に遭わないこと。それはひとりでどうにかしたいと思っていてもできない。だから世の中全体を変えるしかないなって思うんです。そのためにも、ひとりでも多くの人がどんな形でもいいから関心をもってくれるといいなと願っています」
冒頭でも述べたように、日本では、痴漢を含めた性暴力についての議論が深まっておらず、性暴力に関する表現はたびたび批判を集めてしまう現状がある。その表現の背景に、本当に性暴力をなくしたいという思いがあったとしても、それが見ている側に伝わっていないことも少なくないだろう。見せ方を含め、最適なものにしていけるよう、社会全体で痴漢という犯罪について考えていくことが必要だ。
(もにか)