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眞子さま・小室圭氏の婚約はなぜ問題化したか?

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元老・山縣有朋、のちの昭和天皇の后候補に反対

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1924(大正13)年の結婚直後の皇太子裕仁親王と、親王妃良子。(写真はウィキペディアより)

 続いて、近代皇室における最も有名な婚姻トラブルであり、歴史の教科書にも登場する「宮中某重大事件」について見ていこう。これは1921(大正10)年、皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)の妃に内定していた久邇宮良子(ながこ)女王(のちの香淳皇后)の家系に色覚異常の遺伝があるとの噂が流され、元老・山縣有朋らが良子女王および久邇宮家に婚約辞退を迫った事件である。

「結婚に反対した山縣の大義名分は、陸海軍の大元帥になる将来の天皇に、色覚異常が遺伝しては困るというものでした。これに対し、裕仁親王と良子さんの結婚は大正天皇の裁可を得ていたので、皇室サイドは『一度天皇が決めたことを覆すとは何事か』と反対した。当時、大正天皇は病気療養中だったので、貞明皇后をはじめ宮中で結束して抗った結果、婚約破棄されることなくご成婚に至りました」

 そもそも、色覚異常が見られたのは良子女王の兄である久邇宮朝融(あさあきら)王であり、それが彼女に遺伝しているという確証はなかったという。

「良子さんはご成婚後、日本画を描き続けているんですよ。これはある人に言わせると『自分は色覚異常ではない』という証明をしているのではないか、と。いわば無言の抗議ですね」

 この「宮中某重大事件」は、良子女王の母・邦彦王妃俔子(くによしおうひ・ちかこ)が旧薩摩藩藩主の公爵・島津忠義の娘であったことから「旧長州藩出身の山縣有朋が、皇室に薩摩の血が入るのを嫌がった」との見方もされる。つまり薩長の派閥争いが背景にあるのではないかというわけである。

「それもなくはないでしょうが、当時はむしろ久邇宮家と長州閥との争いが目立ちました。久邇宮家としては自分の家の娘が将来の皇后になるのを妨げられたわけだから、右翼まで使って実弾(現金)を飛ばしたんです。それが裏では問題になり、貞明皇后は久邇宮に対して『自分が勝ったと思うな』とくぎを刺した。つまり、皇室としては久邇宮の娘が欲しかったのではなくて、あくまで天皇の決定を覆されるのが嫌だったんだと。もし覆されれば、それは皇室の威信に関わりますから」

 もちろん、裕仁親王が良子女王に特別な好意を持っていたことが大前提にあることはいうまでもない。

「良子さんは、当時としては非常に西洋的で、洋装の似合う女性でした。裕仁親王もヨーロッパの文化に強く影響を受けた方だったので、伝統的な姫でありながらも近代的でおしゃれな良子さんは魅力的に見えたことでしょう」

 ここで興味深いのは、良子女王の兄の久邇宮朝融王は、宮中某重大事件のわずか3年後の1924(大正13)年に、婚約中だった酒井菊子との婚約を解消していることだ。

「原因は、いわゆる性格の不一致だと思われます。お互いに対して『身持ちが悪い』だの罵詈雑言を飛ばしあったのではないでしょうか。朝融王も評判のいい人ではなかったのですが、菊子さんも菊子さんで、娘の酒井美意子の回想録などを読むと、戦後になって美意子がGHQ相手のクラブを経営して難局を切り抜けたといった記述もありしたたかで奔放な娘の性格は、母親譲りだったとも思われます。推測に過ぎませんが、双方ともに当時の上流階級の女遊び・男遊びに興じるタイプで、朝融王としては、夫としてのプライドを保てないとの判断があったのではないでしょうか」

 この騒動は宮内大臣・牧野伸顕も巻き込み、最終的に宮内省が酒井家側から結婚辞退の申し出をさせることで収束した。どこからか横やりが入ったのではなく、当人たちが勝手に喧嘩別れして周りに迷惑をかけた残念な事例といえる。

 さて、宮中某重大事件は、最初に触れた大正天皇の婚約トラブルとは正反対の結論が出ている。つまり、前者は危機を乗り越え結婚まで至り、後者は破談になった。両者の明暗を分けた要因の一つとして、男系男子による皇位継承問題があったのは先に述べた通り。そして、男系継承は現在における皇位継承問題でも最大の懸案事項となっているが、実は男系継承は「たまたまそれが続いただけ」であり、男系男子という言葉も明治期に初めて明文化された、いわば「後付けの伝統」なのである。

 次回はその点を掘り下げるとともに、その他の皇室における婚姻トラブルを見ていきたい。

(構成/須藤 輝)

小田部雄次(おたべ・ゆうじ)
1952年生まれの歴史学者で、静岡福祉大学名誉教授。専門は日本近現代史。皇室史、華族史などに詳しく、著書に『皇族―天皇家の近現代史』(中公新書)、『肖像で見る歴代天皇125代』 (角川新書)などがある。

【歴史学者・小田部雄次氏インタビュー 中編】
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