
写真:松岡健三郎/アフロ
今大会でキャプテンだけの「ベストイレブン」に選ばれた長谷部
6月14日、4年に一度の祭典、2018 FIFAワールドカップ ロシア大会が開幕した。7月15日の決勝まで、ロシア11都市12会場で熱い戦いが繰り広げられる。日本の初戦は6月19日のコロンビア戦。勝敗の行方はもちろん、グループリーグを勝ち抜けることができるのか、熱心なファンでなくとも気になるところである。そんな中、注目されているのが日本代表キャプテン長谷部誠の存在だ。
フランスの有力スポーツ紙「レキップ」が、今回のW杯に出場する32カ国のキャプテンだけを選抜したベストイレブンを発表している。リオネル・メッシ(アルゼンチン)、クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)、セルヒオ・ラモス(スペイン)、モドリッチ(クロアチア)、ノイアー(ドイツ)などの世界的なスーパースターと共に、長谷部が名を連ねている。海外でも、キャプテン長谷部の評価は高いようだ。
長谷部の評価は、彼が関わるチームの指揮官たちの声がわかりやすい。サッカー日本代表の前監督ハリルホジッチは「彼は私たちのキャプテンだ。代わりの利かない、極めて重要な存在だ」と絶賛。ハリル電撃解任のあとを受けた西野朗監督も「長谷部に関しては、ぜひキャプテンをやってもらいたい」とインタビューに答えている。また、長谷部が所属するドイツ・ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトでは、2017年シーズンまで監督を務めていたコバチから「本当にみんなの手本になる選手。私は彼のような中心選手を思い描いていた」と絶大な信頼を寄せられていた。
長谷部とクリスティアーノ・ロナウドのキャプテンとしての違い
長谷部が初めて日本代表のキャプテンマークを巻いたのは、2010年5月のイングランド戦だった。当時の監督、岡田武史がチームの連敗を止めるためのカンフル剤として、キャプテンに長谷部を選んだ。それ以来、長谷部は日本代表のキャプテンに定着。これまで5人の日本代表監督が長谷部をキャプテンに任命している。
長谷部のキャプテンシーが大きくクローズアップされたのは、2011年1月に開催されたAFCアジアカップだった。長谷部の力がなければ、優勝できなかったと言われている。初戦のヨルダン戦を1対1で引き分けると、試合後に長谷部は選手ミーティングを開き、ベテランには日本代表としての誇りが、若手には緊張感が足らないことを指摘した。第2戦のシリア戦では、長谷部が豪快なミドルシュートをゴールマウスに突き刺して先制。その後、何のためらいもなく、先発できなかった控えメンバーの元へと走っていき、チーム全員で喜びあった。
長谷部は、たとえば、ポルトガル代表のキャプテン、クリスティアーノ・ロナウドのように華やかで目立つプレーをする選手ではない。日本代表でのポジションは、中盤で攻守の要となるボランチや、3バックの真ん中だ。素人目からすれば、地味な印象がある。もちろん、長谷部は素晴らしいサッカー選手だ。だが、長谷部が多くの指揮官から信頼されているのは、ピッチ上のプレーだけでなく、チームの精神的な支柱として全体を見渡せるバランス感覚に優れている点だろう。
長谷部と同じタイプのキャプテンとして思い浮かぶのが、フランコ・バレージである。バレージはイタリア・セリエAのACミランで活躍し、バレージが付けていた背番号「6」は同クラブの永久欠番となっている。また、イタリア代表として、1990FIFAワールドカップイタリア大会では守備の要としてスター軍団を統率し、準決勝のアルゼンチン戦まで通算517分無失点という輝かしい結果を残した。バレージの凄さは、決して大きくない体であっても頑強な相手選手に競り負けないメンタルの強さ、それに加えて、戦術を理解する能力に長けていたことだ。
キャプテンに求められる資質とは?
サッカーという競技において、キャプテンはチームを牽引していくリーダーであり、ピッチ上の監督ともいえる存在である。高い質の高いプレーで監督やチームメイトに認められることはもちろんだが、周囲から尊敬される人望をもっていることも重要になってくる。先に挙げたAFCアジアカップのシリア戦。後半27分に、守護神GK川島永嗣が相手の選手を倒してしまいレッドカードを受けた。主審の微妙な判定に、ピッチ上の日本選手が審判に詰め寄る中、キャプテンの長谷部はチームメイトに落ち着くよう声を張り上げていた。
スポーツにおいて、審判の判定は絶対である。長谷部は審判に抗議するよりも、次のプレーに集中することを最優先していた。キャプテンには、常にチームの勝利を第一に考えて、チームメイトに的確な指示を与える役目がある。どのような状態でも冷静な判断をくだせるのがキャプテンだ。それは試合中だけでなく、ピッチ外でも、チーム優先の立場で、リーダーらしい行動や発言をしなくてはならない。4年に一度の祭典・W杯では、さらに、こうしたキャプテンシーが重要になってくる。
1982年、FIFAワールドカップスペイン大会の準決勝、西ドイツ対フランス戦。西ドイツが先制するものの、ミシェル・プラティニがPKを決め、フランスは同点に追いついた。試合は1対1のまま前後半の90分では決着がつかず、延長戦にもつれこんだ。延長戦開始までのわずかな休息で、疲れ切った両チームの選手がピッチ上に座り込む中、フランスのキャプテンであったプラティニは立ったまま、チームメイトに指示を与えていた。その毅然とした態度は、プラティニが「将軍」と呼ばれるにふさわしいキャプテンシーを発揮した瞬間であった。
フランスは延長前半に2点を挙げ、そのまま勝利するかと思われたが、その後、西ドイツに追いつかれ、W杯史上初となったPK戦で試合には負けてしまった。しかし、最後までフランスチームを鼓舞し続けたプラティニは称賛され、そのキャプテンシーは1984年のUEFA欧州選手権でフランスの優勝という形で結実することになる。ちなみに、W杯スペイン大会の準決勝、西ドイツ対フランス戦はW杯史上でも最高の試合のひとつとして語り継がれている。
W杯で、キャプテンがその役割を最も試されるのは、自チームがピンチに陥ったときである。負けという結果であったが、W杯スペイン大会準決勝でのプラティニには学ぶべきことが多いはずだ。プラティニが見せたキャプテンシーはフランスのチームだけでなく、フランス国民や、全世界のサッカーファンを魅了した。
ピンチのときこそ、問われるキャプテンの真価
今月7日、FIFA(国際サッカー連盟)から最新のFIFAランキングが発表された。日本の順位は61位。グループリーグで対戦するコロンビア(16位)、セネガル(27位)、ポーランド(8位)と、どこも格上である。FIFAランキングがチーム力のすべてではないが、どの試合でも劣勢な時間帯が続くことが予想される。そんなとき、チームひとりひとりの士気を高めるべく、どっしりとコンダクトを振るのがキャプテンだ。
W杯直前の6月8日、スイス代表との国際親善試合が行われた。長谷部はキャプテンマークを巻き、ボランチとして先発。試合は0対2と完敗し、本番に向けて不安の声が多く聞かれた。また、12日にはパラグアイ代表と対戦。後半に、乾貴士が2ゴール、香川真司が日本代表として約8カ月ぶりとなる得点を決めた。長谷部はベンチから戦況を見守ったが、W杯前最後の強化試合を4対2の勝利で飾った。
W杯の本戦がパラグアイ戦のような結果になる保証はどこにもない。W杯では、どのチームも母国の威信をかけて臨んでくる。間違いなく、厳しい戦いが待ち受けているだろうが、長谷部がこれまでにキャプテンとして経験したサッカー観をピッチで体現してくれれば、それこそ日本の勝利に近づける大きな鍵となるはずだ。まずは、グループリーグの3試合で、サッカー日本代表キャプテン長谷部がどのような姿を見せるのか、その一挙手一投足に注目したい。