目黒虐待死での加害者叩きに虐待サバイバーが懸念、「“親子は一緒にいるのが当然”という空気」こそ変えて

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子育ての「~ねばならない」を解消すれば、幸福な家族は増える

 では、いま「親」である人や今後「親」になる可能性のある人が、虐待に手を染めないためにはどうすればいいのか?

 両親から毎日のように罵倒や暴力を受けて育ったメグさん(大阪在住・49歳)は、「子どもの安全確保や親の心理的ケアは重要」「家族が一緒に暮らせるのに越したことはない」としたうえで、こう語る。

「でも、わたしが最終的に望むのは、世の中の“親子は一緒にいるのが当然”という空気が変わってくれることですね。また、そこから一歩進んで、“子育ては必ずしも親がやる必要はない。ほかに適任者がいればその人がやればいい”という考えが広まればさらにいいな、と思います」

 日本でも、高度経済成長期以前は、三世代同居や地域ぐるみの子育てがまだ機能していたとされる。しかし、核家族化が進んだ現在では、親子が「閉ざされた密室」で向き合うことになる。親のメンタルが不安定な場合や、そもそも望まない出産だった、生まれもった性格が合わないなどという場合に、ムリな同居をしてボロボロになるのは子どものほうなのだ。

 親の“交代例”としては、子どもを一定期間“代わりの親”に育ててもらえる「里親制度」、生みの親との法的な親子関係は続けたまま養親に子どもを託す「普通養子縁組制度」、生みの親との関係は戸籍ごと断ち切り、養親を法的に“本当の親”として新しい家族関係を築く「特別養子縁組制度」の利用などだろう。

 養子縁組については、ボランティアに頼らざるを得ないサポート団体の厳しい資金不足や、悪徳あっせん業者が問題とされていたが、2018年4月にはそれらを解消するための「養子縁組あっせん法」(「民間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童の保護等に関する法律」)が施行された。

 親の「圧政」や暴力に怯える子どもたちを減らすために重要なのは、“親不適合者”をあぶりだすことではなく、むしろ「親らしくなれなくてもいい」「血の繋がりがなくてもいい」という、“親子の幸せ”のパラダイムシフトなのではないだろうか。

「加害者叩き」が必ずしも「被害者」を救うことにならないということを、わたしたちは忘れてはならないのではなかろうか。

※登場人物の名前は、プライバシー保護のため仮名にしています。

(文/帆南ふうこ)

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