シンガポール、その知られざる介護保険制度の“充実度”

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 6月12日、世界中が注目した史上初の米朝首脳会談が、シンガポール南部セントーサ島の高級ホテル「カペラ・シンガポール」で行われた。世界中から駆けつけた約3000人の報道陣が見守る中、米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(国務委員長)は、朝鮮半島における永続的な平和体制の構築に向けて協力する「新しい米朝関係」を確立することを表明した。

 この会談で果実を得たのが米国なのか、北朝鮮なのかの判断は後世の歴史家に委ねるとして、会議直前まで土壇場での中止が危惧されるなど、「『世界一難しい会議』を成功裏に導いたシンガポールの国際社会における株は一気に上がった」(某ASEAN加盟国外交官)。

 あまり知られていないが、会談成功の陰の立役者となったシンガポールは、アジアの中では日本に次いで、介護保険制度を導入している。2000年に日本の介護保険制度が導入された2年後に、シンガポールの介護保険制度は産声を上げているのだ。

 やがてはシンガポールも日本のように少子高齢化を迎えると考えた国父、リー・クアンユーら当時の指導者たちは日本の制度を長所、短所も含め徹底的に研究し、「自らの国の実情に合った介護保険制度」(シンガポール政府関係者)に作り替えた。

 自国への導入前の日本の制度研究においてシンガポールが一番問題視したのは、リハビリなどで状態が良くなり要介護度が下がると介護報酬が減額され、結果、介護事業者の収入減につながってしまうという、当時の日本の介護保険制度の矛盾点だった。

「同様のシステムを導入したら、あえて要介護度が下がらないように操作するといったようなモラルハザードを招きかねないと我々は考えました。日本の方には悪いのですが、介護報酬不正受給の事例も徹底的に調べました」(同政府関係者)

 リー・クアンユーら指導者は、北欧型の手厚い福祉政策は国民の労働意欲を削ぎ、健康にも気を配らなくなると考え、医療・介護の費用は原則、政府による強制貯金で国民自らが負担する方法を選んだ。

  そもそもシンガポールでは、介護保険制度導入よりも前に、将来の高騰が予想される医療費を抑えるため、1984年に、「MSA」(Medical Saving Accounts:医療貯蓄口座)を導入している。これは、国民の年齢や年収に応じて、政府が給与の一定額を強制的に積み立てされる仕組みで、積み立て割合も政府が決めるが、口座の預入金については市中の金融機関よりも高い利回りが保証されている。MSAに預けた預入金で自らが望む民間医療保険を購入することもできれば、本人が死亡した場合は一定額を家族のMSAに移すこともできる。結果、本人も家族に少しでも預入金を残そうとするので、より自らの健康に気をつけるようになり、病気等の予防を促す効果があったという。

 シンガポール政府は、発足当初から介護保険制度を“介護版MSA”と位置づけていた。2002年に誕生した同制度は「エルダーシールド(Elder Shield)」と名付けられ、MSAに積み立てする国民は、本人が辞退しない限り、日本と同様に40歳になると自動的に介護保険料を支払わされる。保険料は、65歳になるまで自動的にMSAから充当される。この間も、MSAそのものに対する個人負担額は変わらない。

 高齢者は基本的な日常行為(食事・入浴・歩行・着替え・寝起き・トイレ)のうちの3項目を補助なしで行うことができなくなった時に、これまで積み立てられてきた介護保険料から月額400シンガポールドル(約3万3000円)を受け取ることができるが、それも期間は最長6年と定められている。根底に、老いた親の面倒は国でなく、最終的に子どもが見るという親孝行を徳目とする儒教の考えがあるからだ。また、シンガポールは日本と違い、介護施設に入る高齢者はまだまだ少数派で、その多くが自身の子どもと暮らす。背景には、1995年に制定された両親扶養法が、60歳以上の自活できない両親の扶養をその子に義務づけていることなどがある。

 一方で、現行の「エルダーシールド」は、最後まで健康でいる高齢者に対してはさまざまなインセンティブを用意している。介護保険を支払う原資となるMSAには年2.5%から5%の利子がつき、積立金と利子収入はどちらも非課税だ。加えて、55歳になれば、年金として引き出せる。積立金は非課税で家族が相続できるので、高齢者本人のみならず、家族にも高齢者の健康をより気遣うインセンティブが生まれ、孫が「私の大学の学費もあるから、おじいちゃん、健康でいてよ」と、酒やタバコをやめない祖父を叱りつけるような場面が各家庭で見られるようになったという。

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