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「死刑囚の子ども!」 犯罪者の子どもたちが受ける不当な差別

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田中ひかるさんの新刊『「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実』(ビジネス社)7月2日刊行予定

 1998725日に発生した「和歌山毒物混入カレー事件」。2カ月半後、現場近くに暮らす林真須美が、夫の健治とともに保険金詐欺などの容疑で別件逮捕されたとき、4人の子どもたちはそれぞれ、長女が中学3年生、次女が中学2年生、長男が小学校5年生、三女は保育園の年中クラスで4歳だった。

 逮捕当日の朝、真須美は長女に、「もしかしたら捕まるかもしれんけど、パパもママも何もしてないから、すぐ帰ってくる」と伝えた。長女が「ほんまはどっちなん?」と問うと、真須美は「おまえはアホか! やってるわけないやろ」と叱った。そして財布から3万円を出して長女に渡した。その金額から、真須美が本当に「すぐ帰ってくる」つもりだったことがうかがえる。

 その直後、「林さん、林さん」と玄関の扉が叩かれ、真須美は「はーい」と返事をすると子どもたちの前から姿を消した。つけっ放しにされていたテレビの画面には、両親が警察の車で連行される様子が映し出されていた。

 このあと真須美は37カ月の間、子どもたちとの接見を禁止された。そのため、弁護士を通じての手紙のやり取りが、母子の唯一の通信手段となった。

 子どもたちは、一旦児童相談所へ連れて行かれたあと、児童養護施設で生活することになった。長女は真須美に心配をかけまいと、手紙に「施設のみんなは私たち4人がなんで学園に来たか、みんな知っています。でも、そんなことを言う子は一人もいません。みんな同じだからです。テレビ見てパパ、ママのこと知っています。早く疑いが晴れることを待っています」と書いたが、実際にはカレー事件の犯人の子どもということで、あからさまないじめに遭っていた。

 気丈な長女は、学校でも林真須美の娘であることを隠さなかった。

私はママの事も全部、友達に言ってるよ。それで同情でみてくる子、そこで友達やめる子、色々といたよ。でも私の生き方は「ついてくる者だけついて来い」って決めてるんだ。

 一方次女は、自分の母親が林真須美であることをいつ周囲に知られるかと恐れていた。

学校でもさ、今はイジメとか全然ないけど、もうバレかけなんだ。もし、毎日そんなコト言われて私は気小さいし、耐えられやんし、強くないし、どうせ行かんようになるなら、一刻も早くやめてお金を貯めたいなって。(中略)〇〇(三女)なんかさ、施設のやつに、八つ当たりとか、ひにきられ(つねられ)たりして泣いてんの見てたら、自分が一生懸命働いて早く引き取りたいって強く思う。

 施設では、まだ小さかった三女が特にいじめられた。三女に「お父さんとお母さん、どこに行ったか知ってる?」とわざと聞く子どもや、食事の準備や洗濯を押しつける子どももいた。

本当は、その子ら、お金持ちやから、家に帰ることができるんやけど、施設でイジメてる方がおもしろいって言うんよ。それで、入ってくる子、入ってくる子、陰でいじめられ、小さい子にも暴力ふるってる。そんなやつらが何人もおったんよ。私(次女)と〇〇(長女)は毎日ペコペコ、ペコペコ、と耐えられやんかった。もうイヤでたまらんかった。けれど、もう火がついて爆発して、言ったんよ。

「あんたらに〇〇(三女)をたたく権利はない。今度、たたいたら、許さんからな。陰で生徒をイジメやんと、堂々としろ。弱い者、イジメんと、強い者イジメろよ」って言うたら、それっきり、私らには何も言わんようになったんヨ。

 自分を「気小さいし、耐えられやんし、強くない」と評していた次女だが、三女のために言わずにはいられなかったのだろう。

 看護学校へ進学したかった長女だが、高校卒業後、弟や妹のために働くことを選んだ。大阪に出て、最初の1週間は野宿をしたという。その後、実力重視のアパレルメーカーに勤めて営業成績を上げ、月に50万から100万円を稼ぐようになった。仕事は順調だったが、結婚に際しては、相手側の家族の猛反対に遭った。

 長女に続いて大阪に出た次女は、仕事に就いてもいつ親のことが発覚するかと落ち着かず、実際何度もそのせいでクビになった。長男は高校時代、バスケットボールの選手として活躍したが、相手チームの応援席から「死刑囚の子ども!」と野次を飛ばれたこともあった。

 林真須美の子どもであるということで、彼女たちが舐めた辛酸は計り知れない。

 真須美はカレー事件については関与を否定しているが、容疑を認めた保険金詐欺も歴とした犯罪である。罪を犯せば、子どもたちにも累が及ぶ。真須美のみならず健治も、そのあたりの認識が甘すぎた。とはいえ、犯罪者の子どもが不当に差別されることの要因は、親ではなく社会にある。

 いま、真須美の3人の娘たちはそれぞれ独立し、両親とは隔絶した人生を送っている。これまでの苦難を思えば、それも現実的な選択である。

 一方、現在30歳の長男は、和歌山市内に暮らし、73歳になった健治の世話を焼きながら、乞われるままにメディアの取材を受け、母親の無実を訴えている。

※ 真須美の表記は、正しくは「眞須美」である。

田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪 女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史 タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)、『「毒婦」 和歌山カレー事件20年目の真実』(ビジネス社)など。

田中ひかるのウェブサイト

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