「今日、子宮頸がんワクチンを打ってきました」“予防できるがん”としての子宮頸がんを考える/ジャーナリスト村中璃子さんインタビュー

社会 2018.07.18 10:00

医療ジャーナリストの村中璃子さん

 2018年6月14日、日本政府が、子宮頸(けい)がんを予防する「ヒトパピローマウイルスワクチン(子宮頸がんワクチン/以下、HPVワクチン)」の「積極的接種勧奨」を停止してから丸5年がたった。

 それに先んじてこの5月には、HPVワクチンについての大きな動きがあった。まずは5月9日、イギリスの非営利組織「コクラン共同計画」が信頼性の高い複数の論文を解析したところ、HPVワクチンは有効で、深刻な副反応はないという結果が得られたと発表。続いて11日、HVPワクチンの薬害を示したとする日本人グループによる論文を、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」が撤回したことも報じられた。

 HPVワクチンは、世界初のがん予防を目的としたワクチンとして2006年に登場。現在は世界約140か国で使用され、約80カ国で定期接種となっている。日本でも2010年頃から地方自治体による公費助成が開始、2013年4月には、中1から高1の女子を対象に国の定期接種となった。

 しかし日本では、このHPVワクチンに対し、接種後に「副反応」だとされる症状を訴えるケースが相次ぎ、定期接種開始から2カ月半後の6月14日、厚生労働省は同ワクチンの「積極的な接種勧奨の一時的な差し控え」を決定した。以後、このHPVワクチンは、「定期接種」のままでありながら、接種の通知が行政から届かないという状況となった。その結果、現在日本でHPVワクチンを接種している人はほとんどいないーー。

 そんな中、「書くべきことは書いたし、示しておくべき大枠は示した。そろそろ、メディア界、医学界へと、正しい情報を広げるバトンを渡したい」と話すのは、現役医師にしてジャーナリストの村中璃子さんだ。

 村中璃子さんは、2014年頃からこのワクチンの安全性について取材を開始。副反応を「薬害」であると主張する医師から訴訟を起こされるなどの困難に遭いながらも、この問題について一般メディアに執筆を続けた。その功績が評価され、2017年11月には英科学誌「ネイチャー」などが主宰するジョン・マドック賞を日本人として初めて受賞した。2018年2月、それまで月刊誌等に発表してきた記事に、子宮頸がんワクチン問題から見た日本社会論を書き下ろした初の著作『10万個の子宮――あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』(平凡社)を上梓した。

「副反応」のひとつとされるけいれんの症状や、車いす姿の少女の映像と相まって、センセーショナルに報じられることも多かった、このHPVワクチン。そもそもこのワクチンはどんなものなのか? 子宮頸がんの知られざるリスクとは? 村中璃子さんに話を聞いた。

村中璃子(むらなか・りこ)
一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了後、北海道大学医学部卒業。現在、現役の医師として活躍すると共に、医療問題を中心に幅広く執筆中。2017年、子宮頸がんワクチン問題についての著述活動により、科学雑誌「ネイチャー」などが共催するジョン・マドックス賞を日本人として初めて受賞した。

そもそも「子宮頸がんワクチン」とは?

――初めに、ご著作のサブタイトルにもある、HPVワクチンを打った女の子たちに起きたとされる「激しいけいれん」は、本当にこのワクチンの「副反応」ではないのでしょうか?

村中璃子 思春期によく見られる症状のひとつに、「偽発作(ぎほっさ)」があります。映像を見ただけでは判断できないのですが、脳の異常であるてんかん発作とは異なり、脳波計をつけてみても脳波には異常の見られないけいれんで、痛みやストレス、不安など、心的なものがきかっけとなって起きる身体症状です。演技とか詐病とかいうわけではなく、「情動」がきっかけとなって、自分の意思にかかわらず起きることもあるけいれんです。「副反応」だとされる訴えが相次いだ当初から、厚労省が設置した専門家の委員会は、けいれんはワクチンを接種した後に起きている症状は、偽発作に代表されるような身体表現性の症状で、ワクチン薬剤との因果関係には否定的だという評価を下していました。日本人だけに起きる薬害だと主張する人たちもいますが、全国で疫学調査を行った結果、ワクチンを打っている子にもいない子にも同じくらいの割合で症状が見られるという結果も得られています。

――そもそも「子宮頸がん」とはどのようながんなのでしょうか?

村中璃子 子宮頸がんは、膣と子宮の境目にあたる子宮入り口、子宮頸部にできるがんのこと。その原因のほとんどは、ヒトパピローマウイルス(以下、HPV)です。セックスによって子宮頸部に感染し、性交経験のある女性なら一生に一度は感染するともいわれる、ありふれたウイルスです。

 感染してもがん化するのはごくわずかですが、日本だけでも毎年新たに約1万人が「浸潤がん」といわれるステージの進んだ子宮頸がんの診断を受け、3000人近くが死亡しています。かつては高齢者の病気でしたが、現在はピークが若年化し、20代後半~40代前半の女性に多いのが特徴。子育て世代の若い女性に多いので、「マザーキラー」とも呼ばれています。

――では、「HPVワクチン」とは?

村中璃子 HPVワクチン、通称「子宮頸がんワクチン」は、子宮頸がんの原因となるHPVの感染を防ぐワクチンです。「このワクチンには、がんを予防するという証拠はない」などと言う人もいますが、ワクチンの安全性や効果を調べる研究では、がんになる前の「前がん病変」が見つかれば、がんになるまで放置せず切除するので、がんを予防する証拠が得られないのは当たり前のこと。HPVに感染さえしなければ子宮頸がんにはならないと言い切れるほどなので、ワクチンでHPV感染を防げばがん発生を防げます。

――HPVとはどんなウイルスなのでしょうか?

HPVは子宮頸がんをはじめとするさまざまながんのほか、皮膚にできる「イボ」の原因になりもなります。このHPVには100種類以上の型がありますが、がん化しやすい型は決まっていて、ワクチンはそういった型の感染を防ぎます。現在、日本で承認されている子宮頸がんワクチンは2種類あり、子宮頸がんを引き起こしやすい「16型」と「18型」の2種類の感染を予防します。

――「16型」と「18型」の子宮頸がんの患者さんは、日本ではどの程度いるのでしょうか?

村中璃子 約65%といわれます。しかし、20代から40代の若い女性の子宮頸がんでは、約80%というデータもあります。海外では、2014年頃から9価(9種のHPV感染を防ぐ)のワクチンが使われるようになっていますが(日本では未承認)、この9価ワクチンを使えば約95%の子宮頸がんを予防できるとされます。

 そうそう、私もちょうど今日(取材日は2018年5月上旬)、この9価ワクチンを打ってきたんですよ。大人の女性に対するHPVワクチンの効果については議論がありますが、私は、自分のライフスタイルに合わせてワクチンを接種して、自分の健康や命を守るのは、どの女性にも許された権利です。

オーストラリアでは、HPV感染率が1.1%に

――男児に対しても定期接種にしている国があるそうですが、子宮頸がんという女性特有の病気を予防するワクチンが、男児にも打たれるのはなぜなのでしょう?

村中璃子 HVPは子宮頸がんだけでなく、肛門がん、咽頭がん、陰茎がんなど、男性に多いがんの原因ともなるからです。また、女子にうつさないようにという観点から男児にも打つという選択をしている国もあります。

 とはいえ男性のがんは、喫煙や同性間セックスなどによるリスクの方がHPV感染のリスクよりずっと大きいので、費用対効果の面だけで考えると女子だけでいいとして女子にしか定期接種にしない国が大半です。そんな中、イギリスなどでは「男性に対する逆差別だ」として、男子への定期接種化を求める声も高まっています。日本から考えると、信じられない状況ですね。

 翻って女子で80%以上の接種率があれば、男子にはまったく打たなくても残りの女子20%への感染を防ぐ集団効果(接種率が上がると社会におけるウイルスの循環量が減るためにワクチンを打っていない人への予防効果が現れること)が得られるので、やはり男子には定期接種にしないという考えの国もあります。

――HPVワクチン接種の効果を疑問視する声もありますが、実際その効果は出てきているのですか?

村中璃子 例えば、男女共に定期接種となっているオーストラリアでは、18~24歳の女性におけるHPV感染率は、ワクチン導入前の22.7%から1.1%に低下しています。オーストラリア政府は、「今後30年以内に子宮頸がんで亡くなる人をゼロにできる」とさえ言っています。

――日本でも、HPVワクチン接種世代のHPV感染率低下や、前がん病変の減少などが報告されてきているそうですね。今後、子宮頸がんの患者数は減っていくのでしょうか?

村中璃子 ワクチン接種が進まなくても、検診率がもっと上がれば、子宮頸がんの患者数自体はもっと減らせるでしょう。しかし、日本における若い女性のがん検診の受診率は約40%。これでもこの10年で約2倍に引き上げたのですが、先進国の検診受診率は軒並み80%です。実は、日本で起きているすべてのがんのうち、唯一死亡率の増えているがんが子宮頸がんで、このまま死亡率は増加し続けると予測されています。

 子宮頸がんは「HPV感染→前がん病変→がん」というプロセスを踏んで発症します。ワクチンは、このプロセスの始まりの段階「HPV感染」を防ぎますが、検診の場合は、第2段階の「前がん病変」で発見し、手術して病変を切除することで「がん」になることを防ぎます。

 しばしば、「ワクチンは危ないから不要で、検診だけしていればいい」と主張する人がいます。確かに、前がん病変で切除すれば予後は良いがんなので、確かに事実なのですが、検診によるがん予防というのは「手術によってがんを防ぐ」という意味にすぎず、ワクチンのように「がんの原因を防ぐ」という意味でないことは理解する必要があります。

 海外では高い検診受診率に加え、ワクチンの接種も進んでいますので、今後、検診受診率・ワクチン接種率の高いほかの国との差が歴然としてくるのは確実です。

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