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「性同一性障害」が国際疾病分類の精神疾患カテゴリから除外。診断書が思い出になる前に

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トランス男子のフェミな日常/遠藤まめた

 名前をあげると「それって障害なんですか」とコメントが返ってくる。それが日本における性同一性障害のこれまでだった。性同一性障害はいちおうWHOによる国際疾病分類の精神疾患カテゴリに位置付けられる疾病だったが、専門の医師たちは頻繁に「少なくとも精神疾患ではないだろう」と口にしていたし、そもそも精神疾患の治療のために外科手術をするというのも聞かない話だ。ある意味ではクソまじめに性同一性障害を精神疾患と捉えていた人はほとんどいなかったのではないかと思う。いずれにせよ関係者たちはとにかく当事者がフツーに生きられる環境のことを考えていた。性同一性障害とはサバイバルのツールの名前だった。

 望む体を取り戻すために。あるいは自分らしい生き方を手に入れるために、性別越境を試みる私たちには道具が必要だった。この世界は性別越境しようとする人間にとってあまりに過酷な場所だ。99%の人間とちがう生き方をせざるを得ないことは孤独だし、人はなんだかんだ他者を見た目で判断する。男性や女性であるというおのれの根本的すぎることを理解されないのはあまりに苦しい。そんなわけで性同一性障害というアイテムは有効だったし、ビョーキと正面切って言われたらムカつく私も日常生活で使ってきた。

 大学の男女別ロッカーの鍵を変えてもらうよう教員に掛け合ったとき。性別でわかれた健康診断を個別にしてもらえるよう職場の人事に掛け合ったとき。診断書があってよかったと思ったことは何度もある。

 一方で、最近出版された岡部鈴さんの『総務部長はトランスジェンダー』(文藝春秋社)では、即日で入手した性同一性障害の診断書が彼女を勇気付けたこと、しかし「病気だから有無を言わせない」という形で妻を説得しようとしたのは間違いだったのではないかと回想する場面が描かれる。「女性として生きたい」というだけでは社会は自分のことを認めてくれないのだろうかと彼女は書いているが、私たちはいつもこのような問いの中で、使えるアイテムを探して生きのびている。

 その性同一性障害が消える。6月に新しく出されたWHOの国際疾病分類では、性同一性障害は性別不合と名称を変更し(障害=disorderという響きは英語圏ではギョッとする表現らしい)精神疾患のカテゴリから外れた代わりに「性の健康に関する状態」という新設されたカテゴリに入った。国際的にはトランスジェンダーの脱病理化を進めようという動きが盛んなので、今回のWHOの決断を受けて海外のアクティビストたちは大喜びだったが、日本のトランスジェンダーである私はひ弱にも「性同一性障害という名称を使わずに、これから自分は生活できるのだろうか」などということを一瞬考えてしまった。名称やカテゴリが変わっても、これからも同じように必要な医療は提供されて行くし当事者たちの生活は変わらないのだろうけど、変化になんとなく不安を覚えたのかもしれない。不合って、なんかトランプの大富豪みたいで聞きなれないし、今ある診断書というジョーカーが賞味期限切れのようになるのも不便だ。

 昨今はLGBTの認知度も上がってきた。多様な性が人権課題であることは知られてきたからイケるかも、とも思うが、自分よりも大きな何かに頼らないと不安である気持ちは一体どこからくるのだろう。

遠藤まめた

1987年生まれ、横浜育ち。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をもとに10代後半よりLGBT(セクシュアルマイノリィ)をテーマに啓発活動をはじめる。主にLGBTの若者支援や自殺予防に関わる。著書に「先生と親のためのLGBTガイド 〜もしあなたがカミングアウトされたなら」(合同出版)ほか。

twitter:@mameta227

サイト:バラバラに、ともに。遠藤まめたのホームページ

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