マンガ『やがて君になる』は、女子同士の恋愛を通して「人を好きになるとはどういうことか」を問う

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 そんな侑に燈子は「私を好きにならなくていい」「好きでいさせて」といいます。これは人を好きになれない侑への受容であり、呪いの言葉にもなっていきます。自分と同じだと思った燈子が変化したときに感じた「ずるい」は、その後、侑の気持ちの変化を受け止めない燈子への「ずるい」に変わっていくのです。

  明るく快活で成績優秀、なんでも完璧にこなす優等生である燈子は、彼女の努力によって作られた仮面です。もともとは平凡だった燈子は、完璧で人気者だった姉を失い、代わりに大好きな姉を演じることを生きる目的にし、完璧で「特別」な自分でありたいと願っています。

 「『好き』は束縛する言葉」だと燈子は思っています。「好き」という「特別」を知らないからこそ、何も求めず、そのうえでとても人にやさしい侑。彼女の前では燈子は「特別」でいなくてよくなるのです。だからこそ侑は、燈子にとってそのままの自分でいられる「特別」な存在です。

「特別」と「そのまま」のあいだで

 「『特別』でい続けたい」と思いながら、「そのままの自分でいられる存在の侑が好き」という、矛盾を抱えている燈子は、とてもめんどくさい女の子です。外から見ると、頼れる才色兼備の先輩・燈子と小さくてかわいらしい後輩・侑ですが、ふたりでいるときの燈子はとても甘えん坊で、侑に好意を隠さずに甘え、それをしっかり者で冷静な侑が受け止めます。そういう燈子と過ごしながら、侑は「私は変わりたい」と思っています。しかし、燈子は「そのままでいてね」「他の人を好きにならず、自分を好きにならず、嫌いにならずに一緒にいてほしい」と侑を縛るのです。

 燈子は「もとのなにもない自分には戻りたくない」といい、「そのままの自分」を肯定できません。「自分が嫌いだから、自分のことを好きな人を好きにならない」というのは、幸せになれない恋愛の典型パターンともいえます。しかし侑を好きという感情は、彼女が唯一「自分らしい」と思える感情であり、それに安心しているのです。

変わりたい人、変わらなくていい人

 そんな燈子に侑は「自分自身のことを好きになってほしい」と願うのです。「そのままでいい」という言葉はとても安心感のある言葉なのに、「そのままでいてほしい」「変わらないでほしい」と求めた途端に呪いになってしまうのは皮肉であり、むずかしいものだと感じます。しかしそれをわかったうえで、ときに「変わってほしい」と求めることで縛られた気持ちが解けることもあるのでしょう。

 主役ふたりの関係や感情は、ほかの登場人物によって掘り下げられていきます。恋愛感情がわからないキャラクターである生徒会役員の男子・槇は、そのことに特に不安を感じてはおらず、変わりたいとは思っていません。恋愛を劇のように捉え、外側から見ることは好きなので、燈子と侑の関係を知り興味を持ち、見守ります。槇の存在は、「変わりたい」と思う侑を引き立てます。

 また、生徒会で行う劇では、脚本を担当する侑の友人・こよみの観察眼が鋭く、劇の内容は燈子の内面に迫ったものになります。それにより燈子は自身の抱える問題に向き合うことになります。

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