主役ふたりは「人を好きになれない」「自分を受け入れられない」という問題があまりにも大きすぎて、同性同士の恋愛だという悩みはそれほど感じていないようで、特にフォーカスされません。一方、沙弥香はもうひとりの主人公とも言えます。
彼女は生徒会役員で、後の副会長です。いつも二番をキープし、燈子を一番の友人としてサポートする、才色兼備のお嬢様。中学時代に女子校で女の先輩とつき合ったことがあり、高校では燈子への恋心を秘めています。沙弥香は燈子が必死に演じていることを知っていて、それゆえ人の好意を受ける余裕がないことをわかっています。だから燈子にとって「特別」でない人のなかで一番近くにいたいと考え、これ以上は踏み込まず、そばにいます。誰のことも特別に思わない燈子だからそこに満足していたのに、侑の登場に気持ちが揺れます。
恋愛をするのは当たり前なのか?
侑が帰り道にときどき立ち寄る喫茶店の若い女性店長は、侑たちの高校の女性教師と恋人同士で同棲しています。沙弥香の悩みを受け止めるよきアドバイザーになり、やさしく見守ります。思春期である高校時代に、自分と同じだと感じられ、相談できる大人が身近にいたことは沙弥香にとって救いになっているでしょう。
燈子がめんどくさい子であることで、沙弥香の恋も単純にはいきません。侑とも仲がいいわけではないものの、悪くもありません。燈子のことを「厄介よね」といって、ふたりで苦笑するのです。
やが君は5巻からがまさに起承転結の転の時期です。生徒会の演劇を通じ、自分と向き合わされる燈子、「変わりたい」と願い、燈子にも「変わってほしい」侑。燈子は自分を見つけられるのか、侑や沙弥香との関係はどう変化していくのか。
固定観念にとらわれない青春
この作品を執筆するにあたり、作者は「恋愛をするのが当たり前」という前提に違和感があった、と話しています。作者が意図したとおり、登場人物たちのあり方には「こういう生き方、考え方があってもいいんだよ」「こうあるべきという姿にとらわれなくてもいいよ」というメッセージを感じられます。
※参考 「君が好き。でも君は私を好きにならないで」女子高生同士の危ういバランスから目が離せない――大ヒット百合マンガ『やがて君になる』 仲谷 鳰インタビュー
登場人物たちは、「恋愛をするのが当たり前」「同性を好きになるのはおかしい」「こういう自分でなければいけない」といった固定観念に対峙しながら、自分の気持ちや人の気持ちに向き合っていきます。物語の展開に注目しながら読んでいくことで、「君はそのままでいいんだよ」と繊細で複雑な気持ちをやわらかく受け止められるような、そんな気持ちになれる作品だと思います。