8歳の黒人少女が白人女性に通報される:人種差別が「撤廃」されたのは、わずか54年前

文=堂本かおる
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トランプとKKK

 6月29日、3人のアフリカン・アメリカンの上院議員が連名で「アンチ・リンチ法案」を提出した。

 法案には「合衆国では1882年から1968年にかけて、少なくとも4,742人がリンチにかけられ、そのほとんどがアフリカン・アメリカンと報じられている」とある。先に書いたように黒人リンチは当時の黒人徹底差別社会の象徴行為であり、公民権運動の最中、さらには公民権法の制定後も人種平等社会を受け入れられないレイシストによって続けられた。それを阻止すべく、過去に計200回ものアンチ・リンチ法案が提出されているが、いずれも通過していない。

 今も「無実の黒人が警官によって射殺や絞殺される事件は毎年起こっている」と書いたが、昔のように一般人にリンチにかけられ、木に吊るされることは(ほとんど)無くなった。だが、多くの人々の心に根強い差別心が今も消えずに残っている。「公民権法制定以前の時代を知る多くの高齢者がいまだに健在」とも書いた。黒人だけでなく、差別をした側もまだ健在だ。彼らの多くは高齢ですでに現役を引退しているが、彼らが産み育てた子や孫の世代が今、社会の中心を成している。

 たとえばトランプの父親、フレッド・トランプ(1905–1999)は、1927年にニューヨークで起こったKKKの暴動時に逮捕されている。フレッドがKKKのメンバーであったかは特定されていないが、逮捕の確たる記録は残っている。

 その息子のドナルド・トランプは1946年生まれであり、公民権法制定時には18歳だった。トランプ自身はKKKのメンバーではないが、2016年の大統領選中、元KKKリーダーのデヴィッド・デュークがトランプ支援を表明していた。

 遡って1973年、トランプ父子は所有していた中流向けの高層アパートメントへの黒人の入居を拒否していたとして訴えられている。

 1989年、セントラルパークで白人女性がレイプに加え、瀕死の重傷を負わされた事件で、5人の黒人とラティーノの少年が逮捕された。この時、トランプは「死刑の復活」を訴える新聞一面広告を自費で出している。被疑者が全員未成年であったにもかかわらず。のちに真犯人が自白し、5人は冤罪であったことが証明されたが、トランプは謝罪をおこなっていない。

 トランプは「オバマはケニア生まれで大統領の資格なし」と訴え続け、当選後はオバマケアを始めとするオバマ元大統領による政策をことごとく破棄することに血道をあげている。さらに今に至るまで、ことあるごとに理屈の通らない「オバマ・バッシング」をツイートし続けており、米国史上初の「黒人」大統領へのトランプの偏執振りがよく現れている。

 トランプは選挙戦中にも数々の黒人差別発言をおこなっており、有権者は耳にしている。だがそれを咎めることなく、多数の支援者がトランプに投票したのである。

法に触れない「構造的差別」

 トランプ父子がおこなった不動産業者による黒人の入居拒否は明らかな違法行為であり、また、黒人に「Nワード」を投げつけたり、相手が黒人だという理由で暴力を振るうことはヘイトクライムとして裁かれる。だが、現代のアメリカには法に触れない「構造的差別」もある。

 先に「3人のアフリカン・アメリカンの上院議員が連名で『アンチ・リンチ法案』を提出した」と書いた。定員100人の米国上院議員のうち、黒人議員は現在3名のみだ。全米の黒人人口比は13%であり、黒人議員の少なさを表している。

 上院議員は大統領選に出馬することも多く、そのほとんどが最高学府による高等教育を受けている。今回の3人も、うち2人は名門大学のロースクール出身だ。しかし黒人の場合、大学、大学院にたどり着くまでの教育課程に大きな難関がある。

 アメリカも多くの子供は居住地区の公立小学校(幼稚園)に通う。かつてはジム・クロウ法によって黒人と白人の学校は完全に分けられていたが、1954年の裁判を経て公立校の人種分離は違憲となった。

 ところが、たとえば現在のニューヨークは当時よりもさらに公立校の人種分断が進んでいる。人種ごとにコミュニティを形成して暮らすため、学校もおのずと人種が偏る。かつ黒人やラティーノ地区はほとんどが低所得地区であることからさまざまな教育上のハンデを抱えてしまい、生徒の平均学力は豊かな白人地区に比べて相当に低くなる。すなわち優秀な中学、高校、大学、院への進学が困難であり、その結果、議員だけでなく、高学歴を要する職種における黒人の数は、昔に比べると増えているとはいえ、依然として少ないままとなっている。現代社会においては教育こそが成功と豊かさのキー(鍵)だが、黒人はその鍵を手に入れられないでいることになる。

 この現象は、法による人種分離強制の結果ではないため違法ではなく、改善が非常に難しい。これが「構造的差別」だ。ニューヨークでは教育現場におけるこの現象を改善するためのさまざまな試みが行われてきたが、未だに決定打は見つかっていない。近年、マンハッタンのある地域で双方の生徒を混ぜるために学区割りの改変案が出されたが、裕福な白人とアジア系地区の住人から猛反発が出た。

 こうした構造的差別により高学歴者、および社会の要となるポジションに黒人が少ないことに加え、やはり構造的差別により義務教育過程で落ちこぼれざるを得なかった黒人に対するネガティブなイメージも蔓延している。端的にいえば、映画などでおなじみの犯罪者のイメージ、もしくは成功しているのはミュージシャンかスポーツ選手といったステレオタイプだ。これらがないまぜとなり、黒人は見下され、差別の対象となり続けている。

 先に挙げた、水を売る8歳の黒人少女が通報された件が見事にそれを証明している。少女の母親は通報する白人女性を録画しながら、女性に向かって「私の所有地で(水を売っている)」と言い、それに対して白人女性は「あなたの所有地じゃない」と返している。「黒人が家を所有しているわけがない、少なくとも私が住む高級地区では」という思い込みからのセリフだ。

(*)カマラ・ハリス(民主党・カリフォルニア州)、コーリー・ブッカー(民主党・ニュージャージー州)、ティム・スコット(共和党・サウスカロライナ州)。ハリスとブッカーは2020年大統領選への出馬がささやかれている。

アメリカの今後

 すべての白人が人種差別主義者でないことは言うまでもない。公民権運動には多くの白人が参加した。昨年8月、トランプ当選後に勢いを得たネオ・ナチ、オルタナ右翼、KKKが終結して起こしたバージニア州シャーロッツビルでの暴動の際にも白人のカウンター勢が対抗し、残念ながら一人の白人女性が殺されている。

 その一方で、アメリカは本来白人の国であると主張し、意識的または無意識下に黒人を見下し、黒人の社会進出を絶対に認めず、阻止しようとするレイシストも大量に存在する。

 ジェームズタウンに20人のアフリカ人が連れて来られた日から来年で400年となる。そのうちの250年間が奴隷制度期間であり、90年間がジム・クロウ法の日々だった。アメリカのこの負の歴史、およびこの歴史が現代の、とくに教育現場に及ぼす影響を、まずは大統領と共和党議員も含めた米国政府、そして全てのアメリカ人が再認識することから始めなければならない。
(堂本かおる)

追記:7月3日、トランプ政権は アファーマティブ・アクションについて、オバマ政権が定めたガイドラインを撤廃することを発表した。アファーマティブ・アクションとは大学入学選考の際、意図的にマイノリティを入学させ、人種民族の多様化を図る仕組み

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