スポーツが女性の体に及ぼす影響
女性がスポーツに進出する上で、月経中に限らず、スポーツが女性の体に悪影響を及ぼさないかどうかは常に懸案事項でした。しかし、少しずつエビデンスが積み重ねられ、現在では医学的な問題点は以下の2点にまとめられるようになりました。日本産科婦人科学会理事長を代表とする研究グループが「若年女性のスポーツ障害に関する研究」としてまとめ、研究成果は以下のHPからダウンロードして読むことができます。
http://femaleathletes.jp/pdf/180315_HMFAver3.pdf
1)過度なトレーニングによる弊害
激しいトレーニングによって月経が止まることは以前から知られていましたが、最近になって「利用可能エネルギー不足」が最大の原因であることがわかってきました。これは運動による<消費エネルギー>に見合ったエネルギーを食事から摂取できていないということ。「利用可能エネルギー不足」は、男女を問わず免疫、発育、精神面など様々な弊害を起こしますが、さらに女性の場合は女性ホルモンの分泌不足による「無月経」や「骨粗しょう症」に陥りやすく、この3つが「女性アスリートの三主徴」と呼ばれています。体重が軽い方が有利とされる競技(陸上長距離、体操・新体操など)に起こりやすく、体格指数(BMI(Body mass index)が17.5を下回るとリスクが高いこともわかってきました。
2)月経随伴症状によるパフォーマンスの低下
月経が順調にきている場合、一般女性と同様に月経痛やPMS(月経前症候群)がパフォーマンスに悪影響を及ぼします。高校や大学を卒業すると競技を引退するのが普通だった昔に比べ、30代以降も現役という選手は男女ともに増え、選手寿命が長くなるとともに、一般女性と同様に妊娠を希望する年齢も高くなっています。その間、強い月経痛を我慢して子宮内膜症などの婦人科疾患に悩む選手も少なくないこともわかってきました。
これらはいずれも月経中にトレーニングをしたか、しないかでは変わりません。今では余程体調が悪いとき以外、月経を理由にトレーニングを休む人はいないでしょう。これは一般女性でも同じで、月経中でも体を動かすことを制限する理由はないし、体を動かすことは気分転換につながることもあり、「月経中だから大人しく過ごしている必要はない」というのは、もう常識になってきています。実際、この原稿を書くに当たって、女性とスポーツに関連する教科書や本を過去のものも遡って調べてみましたが、「月経中にスポーツをしていいか」については当然問題ないものとされ、先ほどご紹介した研究のまとめも含め、最近は記載さえも見られなくなっています。
目指すべきは「月経のノーマライゼーション」
月経痛が強かったり、経血量が多く血が流れ出てしまうことへの不安があったりして、本人が「月経中はプールに入らない」という選択をすることは当然の権利です。しかし、反対に「月経中だって泳ぎたい」という権利も尊重する必要があります。だいたい、生理のたびに休まねばならないなら、月のうちの1/4程度は泳げないことになるのです。自分の意思で体調や経血量を考えてどうするか決めることが重要で、その決定をサポートする、その決定を阻害するような偏見をなくすよう周囲にも伝える、それこそが本来あるべき「性の健康教育としての性教育」ではないでしょうか。
生理用品の改良が進み、低用量ピルなどを使って月経痛を軽く、経血量を少なくする治療や、出血が起こる日を調整することもできるようになった現代。月経血が洋服にしみ出す経験をする人も少なくなったのかもしれません。そうして月経が「見えなくなる」のは、女性にとっては嬉しいことです。しかし、そのことは必要以上に「粗相」に怯えることにつながってはいないでしょうか。
月経血が人目にさらされるのは、水泳選手であろうがなかろうが、思春期だろうが大人だろうが、恥ずかしい気持ちにはなるのは変わらないでしょう。月経周期が乱れがちな10代では特に、予想外に月経が始まってしまうことはプールの中に限らずいつだってありえます。そのことが「立ち直れないような経験」になるかどうかは、周囲の人に思いやりがあるかどうか、周囲の大人がいかに配慮、指導できるかが大きな鍵になるのではないかと思います。
本来、月経は決して忌むものでも、隠すべきものでもないはずです。反対に神聖視するのも、何か違うと思うのです。私が目指したいのは「月経のノーマライゼーション」。次の時代を生きる女性たちに、そして自分では月経を経験することのない男性たちに、もっと「普通のものとして」認識してもらえるよう、何ができるかをこれからも考え続けていきたいと思っています。
江夏亜希子 えなつ・あきこ
日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター。
鳥取大学医学部附属病院、公立八鹿病院(兵庫県)、国立米子病院(現・米子医療センター)等にての勤務を経て、2004年より上京。ウィミンズウェルネス銀座クリニック等にて女性外来での診療を経験する傍ら、東京大学大学院身体教育学研究科にてスポーツ医学を学び、2010年4月9日、四季レディースクリニック開院。