エンタメ

King & Prince『シンデレラガール』を菊地成孔が「歴史を変える歌」と激賞! 壮年ファンへのジャニーズの目配せ

【この記事のキーワード】

 こういった人生の不条理に対して、<いつになっても 幾つになっても>というフレーズをもって回答を示したところに重要な意味があるという。菊地成孔はこのように解説する。

<<いつになっても>っていう言葉自体はさ、まあ、魔法が解ける日が来ても、<いつになっても>っていう言葉自体は別に意味は通るよ。通るけど、歌の歌詞だとした場合ね、<いつになっても>っていう言葉はありそうでちょっと不自然ですよね。なんのためにあるのか? これは、これが<幾つになっても>っていう言葉に変化するから。「君が幾つになっても」っていうアイドルソング、ありました? 『私がオバさんになっても』っていう歌はありましたよ。だけど、あれは女性の方からのやや自虐的なパロディーであって、森高千里さんの知的なセンスでしょ。少しツイストした。これ、ど直球の歌で、「君が幾つになっても」ってなかなかね>

<これね、サラッと歌っちゃっているのと、ここまでの音がすごすぎるのと、(メンバーの)全員が素敵すぎることによってあんま気がつかないんだけど、意外とエグいですよ。<いつになっても 幾つになっても>っていうのは。これはなかなか入れられない。なんとかして「壮年の人まで目配せしていますよ。壮年の人まで守備範囲に入っていますよ」ということを明言しましょうと>

 ジャニーズ事務所が4年ぶりにデビューさせる新人グループのデビュー曲、つまり、事務所としては総力を結集して送り出すビッグプロジェクトの楽曲に、このような歌詞をもってきたということには、グループのコンセプトやマーケティングとしてのメッセージも込められていると分析する。つまり、それは、<いつになっても 幾つになっても>アイドルのファンを続けていていいのだという肯定である。

 彼がこういった結論にいたった背景に、「ティアラ」がインスタグラムに投稿するコメントを読んでいたという経験がある。番組内で彼は「バツ2で人生色々あったけれど、キンプリのライブのチケットがとれてよかった。これでまた生きていける」といった内容の投稿を読んだと紹介していたが、そういった人々にとってキンプリの存在は<ひとつの救いなわけよ>と語っている。だから、『シンデレラガール』の歌詞のなかで、<いつになっても 幾つになっても>と彼女たちを肯定することには重要な意味があると思い至ったのだろう。

 そして、菊地成孔は以上述べてきたようなテーマについて、おそらく楽曲発注の段階から作詞家に対して課せられていたものであっただろうと予想。そのうえで、「シンデレラ」というテーマを使い自然に表現した作詞家(河田総一郎)の技術を<本当に見事ですよ>と称賛している。

 菊地成孔の語る<いつになっても 幾つになっても>の分析が正しいのか深読みなのかどうかは議論の余地がありそうだが、ともあれ、キンプリのデビューと成功は、ここのところ嫌なニュースが連続していたジャニーズ事務所にとって、数少ないグッドニュースのひとつである。

 商業的にも批評的にも大きな評価を受けた『シンデレラガール』の次のシングルはなかなかハードルが高そうだが、セカンドシングルで『シンデレラガール』を超える名曲を送り出してくれることを期待したい。

(倉野尾 実)

1 2

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。