巨星墜つ、「劇団四季」浅利慶太が死去。演劇界での多大な功績の裏には、有名俳優へのパワハラがあった。

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 厳しい指導は、劇団員への愛情に基づくものであった。しかしその愛情はときに、行き過ぎているようにもみえた。浅利氏は生涯、3度の結婚をしているが、いずれも相手は劇団四季の看板女優だ。

 最初の妻、故・藤野節子は劇団創設メンバーのひとりで草創期のほとんどの作品に出演し、ふたり目の妻、故・影万里江は離婚後も劇団をともに支えるパートナーとして亡くなるまで四季の作品に出演しつづけた。

 浅利氏の死去をみとった3人目の妻、野村玲子との年齢差は28歳。1983年の劇団四季入団以降、「美女と野獣」「エビータ」など主要作のヒロインやタイトルロールを演じた実力派で、長い交際期間を経て2003年に入籍。劇団四季にとっては重要な役者だが、2015年に浅利氏が、演出に専念するため劇団四季の経営を退いて新事務所を立ち上げた際にともに独立。そこでの演出作品に主演している。

 前妻との離婚後はたしかに長いあいだ独身であったが、スター制度を否定した浅利氏が、誰もがやりたい主役を演じ続ける女性と特別な関係を築いていることは、野村の魅力でもあった美声が加齢により衰えが見えてきたこともあり、ファンに戸惑いを呼び起こしたことはいなめない。プライベートの関係に引きずられて野村が四季から離れてしまったことに、悲しんでいるファンがいることも事実だ。

慶太天皇に忖度し、日本名に

 巨大組織となった四季は、韓国など海外公演も成功させている。劇団員の中にも、高等教育機関で高い演劇技術を身に着けた韓国出身者や身体能力の高い中国人の俳優が増えている。2013年に東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」主役のジャン・バルジャン役に抜擢された韓国人ミュージカル俳優キム・ジュンヒョンも、200510年の間劇団四季に所属し、主役を演じるなど活躍していた。

 韓国人や中国人の劇団員は技術が高いために、特にミュージカルでは、彼らの出自を判別することは難しい。加えて、彼らが名乗る芸名は日本名であり、キム・ジュンヒョンも劇団四季では「金田俊秀」を名乗っていた。

 ミュージカルファンは近年、役者のスキルの高い韓国まで観劇しに行くことが増えている。良いものを観られるのであれば、俳優の国籍など無意味なものだ。しかしキム・ジュンヒョンは「名前で日本人でないからと、演技に先入観を持たれたくなかった」と、日本名の芸名を使用した理由を話している。浅利氏のスター制度の否定が、日本以外の出自を持つ役者に、日本名以外の芸名を名乗ることを忖度させてしまうことは、想像に難くないだろう。

 現在、テレビコマーシャルでよくみかける「アラジン」は、浅利氏が去ったあとの新体制の劇団四季が初めて手掛ける大作。これまでの作品では訳詞は浅利氏自身が行っていたが、「アラジン」では、ヒット映画「アナと雪の女王」で「ありのままの~」の翻訳をした高橋知伽江を起用している。浅利氏の功績はそのままに、組織は新しい道を歩んでいる。浅利氏の冥福を祈るととともに、新元号を迎えようとしている日本の、新しい演劇の発展を望みたい。
(鈴木千春)

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