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柴崎岳と結婚の真野恵里菜がフットサルチーム「ガッタス」で“アラ”だった頃

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2018年7月16日、女優・真野恵里菜との結婚を発表した日本代表MF・柴崎岳。写真は7月2日、W杯決勝トーナメント1回戦、対ベルギー戦の際のもの。(写真/アフロ)

 7月16日、サッカー・スペイン1部リーグ「ヘタフェCF」に所属する日本代表MF柴崎岳選手(26)と、若手実力派女優の真野恵里菜(27)が結婚したことが明らかになった。

 柴崎岳のFIFAワールドカップ・ロシア大会での活躍ぶりは記憶に新しいところ。セネガル戦での同点ゴールの起点となる左サイドへのロングパス、ベルギー戦で原口元気の先制点をアシストしたスルーパスなど、光るプレーを見せることで国内外の評価が急上昇した。

「ヨーロッパの複数チームが柴崎に関心を示しているといわれています。本人は欧州チャンピオンズリーグ(CL)出場をひとつの目標にしていますが、強豪ビッグクラブがひしめくスペインでヘタフェが出場権を獲得するのは難しい。CL出場を狙えるチームからのオファーがあれば渡りに船で、10億円単位の移籍金で他チームに移る可能性が浮上しています。サッカー選手として、これからさらなる高みを目指していく柴崎にとって、私生活の安定は大きなプラスでしょう」(スポーツ紙記者)

 ワールドカップで世界に名を売った直後だけに、実際、柴崎岳に関するこうした報道は多い。では、祝福すべきこの結婚を、真野恵里菜の側から眺めてみるとどうなのだろうか?

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ディズニー好きとしても知られる真野恵里菜。(真野恵里菜Instagramより)

グループアイドル全盛時代に孤軍奮闘した、数少ないソロアイドル・真野恵里菜

 1991年生まれの真野恵里菜はもともと、モーニング娘。を擁するハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)に属していたソロのアイドルだ。

 2002年、当時のアイドル界で一強的存在だった(AKB48の誕生は2005年)ハロプロの運営サイドは、活動の長期的な展開を見越して「ハロー!プロジェクト・キッズ」という小学生のグループを編成。そのメンバーが後にBerryz工房、℃-uteとしてデビューすることになる。そして2004年にはこれとは別に、「ハロプロエッグ」なる人材育成のための制度(現在の「ハロプロ研修生」の前身)をスタートさせる。真野恵里菜は、その第2期メンバーのひとりであった。

 このハロプロエッグ時代に真野恵里菜は、のちの柴崎岳との結婚につながるかのような活動をしているのだが、それについては本稿後半で詳述するとしよう。とにかく、このハロプロエッグでの活動を通して高いアイドル性を見込まれた彼女は2009年、大抜擢され「乙女の祈り」でソロデビュー。以後、13枚のシングルをリリースし、うち11枚がオリコンのウイークリーチャートでベスト10入りするなど、一定の人気を誇っていたのである。

 ただし、そのアイドル活動期は、ちょうどAKB48が社会現象化していった時期と重なっていたこと、そしてグループアイドルがアイドル界の主流となりつつある時代だったこともあり、真野自身が憧れていたという、松浦亜弥のような圧倒的な存在になることはできなかった。

 ちなみにこの時期は、柴崎が青森山田高校2年生時に第88回全国高等学校サッカー選手権大会準優勝を果たし、その後鹿島アントラーズ入り。Jリーグでも頭角を現すようになっていた頃である。

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2009年3月に発売された、真野恵里菜メジャーデビューシングル「乙女の祈り」(レーベルはhachama)。作詞は三浦徳子、作曲はKAN、編曲はたいせい。傑作である。

『みんな!エスパーだよ』の真野恵里菜、鹿島アントラーズの柴崎岳

 そして真野恵里菜は、2013年2月に中野サンプラザで行われたソロコンサートを最後にハロプロを卒業。以後は女優業に専念することになる。

「アイドルグループを卒業したメンバーが歌を辞めて女優活動にシフトしていくケースは多いですが、これには、歌手活動を続けてもビジネスになりにくいという厳しい事情も背景にあります。高橋みなみ板野友美など、AKB48を辞めた主力OGのなかにも当初は歌手活動継続にやる気十分だったメンバーが何人かいましたが、今では新譜のリリースもままならない状況です。かといって若手女優の枠にも限りがありますから、なんらかのプラスαがないと活動が先細りすることは必至。それはハロプロOGにおいても一緒。主戦場は所属事務所が主導する自前の舞台だけ……というケースは多々あります」(アイドルライター)

 その点、真野はセルフプロデュース力に長けていた。自らの意志で、著名な映画監督・園子温が開いた演技のワークショップに通い、それがきっかけで同監督の作品に立て続けに起用されることになるのだ。その中でも、2013年に放送された深夜ドラマ『みんな!エスパーだよ』(テレビ東京系)では、アイドル時代には考えられないパンチラシーンや「絶対、私でオナニーしてるよな」といった大胆セリフもこなし、本気ぶりを見せつけた。

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2013年に放送された深夜ドラマ『みんな!エスパーだよ』の5枚組DVD BOX。主演に染谷将太(写真中央)、ヒロイン役に真野恵里菜(写真左)と夏帆(写真右)、そして監督・脚本に園子温。傑作である。

 真野恵里菜が一般にまで知られ始めた作品といえば、元ヤンのシングルマザーを演じた2016年のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)だろう。しかし、実はその前も後も、役の大小を問わずハイペースでいろいろな監督の映画作品に出演を続けている。こうして演技者として磨かれ、また映画関係者に「気になる若手女優」として認知されるようになっていったのだ。

「所属事務所があまりコミットしていない、いわばアウェーの環境に積極的に出ていった。真野恵里菜が女優として成長していった流れは、柴崎岳が、2016年に鹿島アントラーズでのアジアサッカー連盟(AFC)所属クラブ初のクラブワールドカップ準優勝を経て、スペイン2部リーグのCDテネリフェに移籍、慣れない環境で苦労をしながらもチームの貴重な戦力になっていった過程と重ねて見ることができるかもしれませんね」(週刊誌記者)

 テレビにも出るが、映画をホームとしてこつこつキャリアを重ねるというのは、真野が目標として名前を挙げている先輩女優、満島ひかりがたどった道でもある。満島もまた、アイドルグループ「Folder5」のメンバーから園子温に見いだされ第一線の女優に上り詰めた人物

「そのキャリアを見ても、あるいは彼女のTwitterでのつぶやきをチェックしても、負けず嫌いで向上心が強いことがわかります。結婚相手選びにも、その性格が生かされたのかもしれませんね」(前出・週刊誌記者)

 ハロプロ卒業後、セルフプロデュース的にスキルアップとステータスアップに励んできた彼女にとって、柴崎との結婚もまた、その芸能活動において大いにプラス材料となるだろう。

 前出のアイドルライターはこう分析する。

「気になるのは、夫がプレーする国に真野も生活の拠点を移し、これまでのような女優活動ができなくなるのではないかという点です。一部には『女優活動をセーブする』といった報道もありますしね。ただ、せっかく手に入れた今のポジションを、彼女がそうやすやすと手放すとは思えない。なにしろ、結婚発表直前の7月6日には、『ハロプロが取り上げられて過去を振り返るときに真野が入ってないあるあるはもう気にしなくなりました だって20年の歴史の中でソロ真野恵里菜は約4年しかいなかったから。だからこそ卒業してから恩返しするために頑張らなきゃ!って思いでここまでやってきたの!!』といったツイートもしている。まだまだ女優としてを目指していく意気込みを感じますよね」

 女優・真野恵里菜は、7月20日から公開されている映画『BLEACH』にも出演中。この冬には、共演者のロケ先での逮捕でお蔵入りの可能性もあったが代役を立てることでようやく完成となった主演映画、『青の帰り道』の公開も控えている。

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映画『BLEACH』で主演を務める福士蒼汰と杉咲花。(映画『BLEACH』公式Twitterより)

実はサッカーと無縁でなかったアイドル時代のキャリア

 真野恵里菜と柴崎岳が知り合ったのは、2016年秋頃に「共通の知人の紹介で」とされている。

 芸能界には“サッカー好き”をアピールすることで仕事を得ているタレントも多いが、真野にはそれは当てはまらないだろう。しかし、実はの活動履歴をひもとけば、サッカーとは無縁……どころか、“サッカーに限りなくちかいもの”をやっていた時期が存在することをご存じだろうか。そう、彼女は、ハロプロのフットサルチーム「Gatas Brilhantes H.P.(以下、ガッタス)」の一員だったのだ。

 このガッタスは、2000年代初頭に女子サッカー・フットサルの普及活動に力を入れていた日本サッカー協会の動きとリンクして結成されたチームである。なでしこジャパンがW杯で優勝する2011年から、10年近く前の出来事だ。

「当初はアイドルのお遊びチームなのかと思われていましたが、元日本代表の北澤豪氏を監督に迎え、本格練習を定期的に行うなどガチに取り組んでいました。12名でスタートしましたが、当時のハロプロの顔である後藤真希、松浦亜弥らは途中離脱。やる気のあるメンバーだけが残ったんです」(前出・アイドルライター)

 活動初期は、当時のモーニング娘。の吉澤ひとみ、石川梨華、辻希美、紺野あさ美、カントリー娘。の里田まい、あさみ、みうな、メロン記念日の柴田あゆみ、斉藤瞳らが主軸メンバーだった。

真野恵里菜のポジションは“アラ”、柴崎岳はミッドフィルダー

 このガッタスの活動に呼応するかたちで、サンズエンタテインメント、ホリプロ、エイベックス、松竹芸能、太田プロといったいくつかの芸能プロなどが女性タレントによるフットサルチームを結成。2005年にはフジテレビの主導で「スフィアリーグ」という芸能人女子フットサルのリーグもスタートし、局所的な盛り上がりを見せていく。こうした流れから、2007年の春頃からガッタスには、ハロプロの次世代を担う若手メンバーが続々と加入。そこに当時16歳の真野恵里菜も含まれていたのである。

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2008年1月に発売された“ガッタス・オフィシャルガイドブック”『Sals 2008』(講談社)

 2008年1月に講談社から刊行された『Sals 2008』という“ガッタス・オフィシャルガイドブック”には、トレーニング合宿に参加した真野のコメントが紹介されている。

「今回の一番の収穫は、フットサルが前よりもすごく大好きになれたことです! なのでこれからも、もっともっとうまくなりたいと思いました」

 ここに見られるのはまさに、のちに彼女をステップアップさせていくこととなる、その向上心の高さではなかろうか。

「ガッタス時代の彼女のポジションは『アラ』(Ala)でした。サッカーでいえばミッドフィルダー(MF)に近い。強引に結びつければ、これも柴崎との共通点と見ることもできます」(前出・週刊誌記者)

 この時期のガッタスの一部メンバーは、「音楽ガッタス」なるユニットを結成し、音楽活動も行うことに。2007年9月には、シングル「鳴り始めた恋のBell」でデビューも果たしている。

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2007年9月に発売された音楽ガッタスのデビューシングル「鳴り始めた恋のBell」(レーベルはZETIMA)。上段左から2番めが真野恵里菜。傑作である。

「吉澤ひとみ、石川梨華、里田まい、紺野あさ美ら中心メンバーのほかに、若手が5名という編成でした。その若手メンバーのなかで圧倒的な人気を誇ったのが、当時の真野恵里菜。実際、彼女はその時期から明らかに事務所のプッシュを受けるようになっていきます。そして、翌2008年の2~3月には音楽ガッタスのコンサートツアーも行われるのですが、その最終日に真野のソロデビューと、それに伴うガッタスからの卒業がアナウンスされたのです」(前出・ライター)

 結局、ガッタスにおける真野の活動は1年弱と短いものではあった。しかしそこでの活動は、彼女のその後のサクセスストーリーの“原点”となっているのである。

  蛇足ながら、ソロデビュー後の真野は、2011年公開の映画『仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦MEGA MAX』に出演。作中ではなんと、なでしこジャパンにちなんだキャラクター「仮面ライダーなでしこ(美咲撫子)」を熱演していることも確認しておきたい。

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ミゾロギ・ダイスケ

ライター・編集者・昭和文化研究家/映画・アイドルなど芸能全般、スポーツ、時事ネタ、事件などを守備範囲とする。今日の事象から、過去の関連した事象を遡り分析することが多い。著書に『未解決事件の昭和史』(双葉社)など。

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