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妄想食堂「『女の子になりたい』と歌う及川光博と、『いちご味のお菓子』を選べなかった私」

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(c)飯塚めり

 まだ田舎の女子高生だったころ、私はずっと、自分はいちご味のお菓子を選んではいけない人間なのだと思っていた。

 お昼休みに「飴食べる?」と色々な種類のキャンディがごちゃ混ぜになったポーチを差し出されても、のど飴とかキャラメルとか黒糖とか素っ気のないミルク味とかの無難なものをひとつ貰って、白いフィルムに可憐ないちご柄がプリントされた「いちごみるく」は絶対に選ばなかった。放課後に友達とコンビニへ行っても、ポッキーはいちごのつぶつぶが入ったやつじゃなくて普通の茶色いやつ(たまに極細)を買っていたし、飲み物はいつも紅茶やコーヒー系の何かだった。いちご味の飴もいちごのポッキーも紙パックのいちご牛乳も、本当はけっこう好きだったのに。

 淡いピンク色をしたいちご味のお菓子には、ただ「いちごの味がする」以上の大きな意味がある。それを選べるのは、たとえば同じグループにいるもっと明るくて可愛くて髪がさらさらで肌も唇も荒れていなくて、カメラを向けられたら最高の笑顔が作れる、それこそ髪や手首やカバンにためらいなくピンク色をあしらうことができるような〈女の子〉なのだと思っていた。シャンプーや化粧水すら自分で選ぶことができず、白か黒か茶色かくすんだ緑色の服ばかり着ている自分には似つかわしくない。こんな女の子のなりそこないには。

 でもまだ、コンビニで売っているようなお菓子はひとりのときにこっそり買うことができた。だけどケーキ屋さんのショーケースに並ぶいちごのショートケーキ。あれだけは絶対に指さすことができなかった。

 白いドレスに王冠を被せたみたいないちごショートは、特別な〈女の子〉のためにある食べ物だった。ケーキ屋さんには母親と一緒に行くことが多かったけれど、「女の子ぶっちゃって」と笑われるような気がして飾り気のないチーズケーキばかり食べていた。しかしそれに対して、当時はとくに不満も疑問も抱いていなかったのだ。なんとなく「そういうもの」だと感じていたから。

 自分が一番女の子だったはずのあの時期に、〈女の子〉であることを選べなかった。25歳となった私にそのことを強く実感させたのは、街で見かけた女子高生でも仲の良い女友達でもなく、ミッチー、つまり及川光博だった。

 かねてから興味があったミッチーのワンマンショーに、この前初めて連れて行ってもらった。ミッチーはもう最初から最後までありえないくらい素敵だったけれど、中盤にさしかかるころ聴いた「恋にうつつを抜かしたい」という曲に、私は完璧にやられてしまった。恋にうつつを抜かし、恋に泣き恋に輝く女の子。どんなときでも「最高の私でありたい」「最高の想い出を作りたい」と無邪気に夢を追いかけて、心の声にまっすぐに生きる女の子。生まれ変わったらそんな女の子になりたい、とミッチーは歌っていた。

 キャミワンピにまつエクにフワフワのパステルニット、夏には生足も出しちゃうしクリスマスにはサンタのコスプレだってしちゃう。ミッチーが憧れる〈女の子〉はかつての自分が選べなかったあらゆるものの集合体で、そのまぶしさに私はめちゃめちゃに泣けてきてしまったのだ。

 どうして私は〈女の子〉になれなかったんだろう。女の子なんだから目立たないようにしていなさい。女の子なんだから部屋はきれいに片付けなさい。女の子なんだから露出の多い格好はしちゃだめ。それが守れないなら、ひどい目に遭っても仕方がないよね。女の子であるために押し付けられてきたものは山ほどあるのに、女の子であるために許されていたはずのものは何ひとつ選べなかった。選ばなかったそのときよりも、選べなかったことを思い知った今の方がつらい。「女の子になりたい」と叫べるミッチーがうらやましかった。

 でもミッチーは、あの会場にいるすべての人間を〈女の子〉として讃えてくれていた。コンサートに連れてきてくれた年上の女友達もまた〈女の子〉になりそびれた女の子だったけれど、ミッチーのコールに黄色い声を上げ、ポンポンを持ってはちゃめちゃに踊り狂っていた。私たちを〈女の子〉にしてくれてありがとう、と思いながら自分も踊った。振り付けは全然分からなかったけど、黄色い声はすごく出た。女子高生だったころは出せなかった声だ。

 コンサートの帰りに、ひとりで駅の近くの喫茶店に入った。東京には何店舗もあるようなチェーン店で、ショーケースの中には色々な種類のケーキがある。フルーツがたくさん乗ったタルト、チョコレートパイ、大きな栗のモンブラン、ブルーベリーヨーグルトのムース、オレンジのズコット、キャラメルバナナのケーキ、地中海レモンのパイ、ティラミスに桃のムース、レアチーズケーキ、シュークリーム、かぼちゃのプリン。もちろんいちごのショートケーキもあったけれど、不思議と特別な感じはしなかった。みんなそれぞれ素敵に見えたし、どれを選んでもいいような気がした。

 そういえば、私がまだ田舎の女子高生だったころ、近所のケーキ屋さんにはこんなに色んな種類のケーキは置いてなかったな、と思う。いちごショート、チョコケーキ、チーズケーキ、その他、みたいな感じだった。だから余計に特別に思えたのかもしれない。

 高校を卒業して東京に出てきて、少し大人になった。選択肢が広がって、選べるものがずいぶん増えた。堂々と女の子を名乗るのはちょっとはばかられるけど、お金と時間を使えばいつでも〈女の子〉になれるということを知った。ひとりで色々なお店に入って、そのとき自分が一番いいと思ったものを指さすことができる。昔は恥ずかしくて言えなかったけれど、今はなんということのない顔で「いちごのショートケーキをください」と声に出すことができるのだ。それが少し悲しくて、とても嬉しい。散々黄色い声を出した後だったので、喉がちょっと痛んだ。

餅井アンナ

1993年生まれ。ライター。食と性、ジェンダー、生きづらさについての文章を中心に書いています。wezzyでは連載「妄想食堂」などを執筆中。マガジンtb(タバブックス)にて心身の防御力低めな往復書簡連載『へんしん不要』も。食と性のミニコミ『食に淫する』制作。

twitter:@shokuniinsuru

http://shokuniinsuru.tumblr.com/

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