東京オリンピック・パラリンピックと、タトゥの行方~外国人観光客とアスリートは銭湯に入れるのか

文=堂本かおる
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乖離する日本と世界の常識

 同じ事象もそれを文化的、社会的、倫理的にどう見るかは国や、同じ国の中でも職業や社会階層などで大きく異なる。日本には日本の価値観があり、とくに刺青については暴力団の証として疎まれてきた歴史がある。プールや銭湯では市民を暴力団から守るために「刺青お断り」となった。そこへ「ファッション・タトゥ」が現れたわけだが、「暴力団の刺青とファッション・タトゥの区別は無理」との理由で一律禁止となっているところが多い。

 橋下市長のタトゥ調査票には人体図があり、着衣によって隠れない「首より上」「腕と手」「膝より下」にタトゥの有無、場所、サイズを記入することが義務付けられた。調査自体が人権侵害であるとして訴訟になったが、その件はここではいったん置くとして、調査票にはタトゥのデザインを記す項目はなかった。つまりどんなデザインであれ、一律にアウトということだった。

 アメリカの警察や軍も上層部はできるならばタトゥの制限を残したかったわけだが、あまりの流行振り、浸透振りにギブアップした格好だ。ただし、アメリカでは「どんなデザインも一律OK/NG」ではない。

 アメリカの警察や軍はタトゥのデザインについて詳細なルールは設けていないが、ともに「人種差別」と「性差別」を表すものは禁じている。筆頭はハーケンクロイツだ。ネオナチなど白人至上主義者の中には胴体や腕はおろか、額にすら鉤十字を刻む者がいる。2年前、フィラデルフィアの警官が腕にナチのシンボルであるジャーマン・イーグルのタトゥを彫っているとして問題になった。調査の結果、酷似しているが微妙に異なるとして免職を逃れ、フィラデルフィア市民を驚かせた。この件ではまさに首の皮一枚で解雇されずに済んだものの、ナチ関連はアメリカではこうした扱いとなる。

 日本のポピュラー文化は欧米の後追いをしてきた歴史があり、ついひと昔かふた昔前までは髪を染めることは「不良」のすることだと言われた。それが今や「え? 日本人って黒髪だったっけ?」と思えるほど当たり前となった。ピアスも同様だ。そして今、徐々にではあるがファッションとしてのタトゥも増えてきている。ということは、やがて日本でもタトゥは市民権を得るのではないだろうか。

 そうなった時に気になるのが、デザインだ。欧米由来のものを、歴史背景を知らずに「かっこいい」だけで彫ってしまうと、消せないものだけに後悔先に立たずとなってしまう。

 日本のamazonでは今もハーケンクロイツや鉄十字の小物が販売されており、世界の常識との乖離に驚かされている(筆者は一度、この件を amazon にメールしたが改善されていない)。日本でアクセサリーとして人気の高い十字架のデザインも気になる。十字架はネガティブなものではなく、タトゥにしても問題は起こらないが、他国人が見ると「あなたはクリスチャンなのですね」となる。同様のことはユダヤ教のダビデの星(2つの正三角形を組み合わせたもの)についても言える。

 また、タトゥの有無を強制的に紙に書かせるという行為が人権侵害にあたると考えない感覚も問題だ。日本ではおそらく普及していないと思われるが、アメリカでは生まれつきのアザを隠すためにタトゥを施す人がいる。さらに、乳がんによって乳房や乳頭を切除し、傷痕が残った女性が患部に美しい花や模様のタトゥを入れることがある。タトゥは個人のプライバシーでもあるのだ。

 民族の伝統としてのタトゥもある。2013年にニュージーランドの先住民、マオリの女性が北海道の温泉を訪れた際、顔に伝統柄の刺青があることから入浴を断られている。女性は現地で開催されていた民族学会に招待されての来日だった。しかし温泉側は「伝統文化であっても、一般の方からすれば入れ墨の背景は判断できない」と釈明したとされている。

 ディズニーの2016年の長編アニメ『モアナ』は南太平洋を舞台とし、登場人物のひとり、マウイの民族タトゥが重要な役割を担っていた。マウイの吹き替えを担当した俳優のドウェイン・ジョンソン(ザ・ロック)は実際にポリネシアとアメリカのミックスであり、ポリネシアの伝統的なタトゥを肩から腕にかけて大きく彫っている。ドウェイン・ジョンソンはハリウッドを代表するセレブだが、もし来日すれば、やはり温泉には入れないのだろうか。

 刺青について、日本には日本の歴史背景がある。しかし東京オリンピックに限らず、今後は短期訪日する外国人のみならず、移民も増える。すでにタトゥを入れている日本人も世界中を旅している。タトゥそのものについてはもちろん、世界には多様な国や民族があり、それぞれが独自の文化や信仰を持っていること、それらは尊重しなければならないこと、さらにナチやKKKなどによる人種差別は過去の遺物ではなく、現在にも大きな影を落としていることなどを日本は学ぶべき時期に来ている。そのうえで、タトゥのあり方も定めていくべきではないだろうか。
(堂本かおる)

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