杉田水脈「LGBT支援の必要ない」が自民党の総意である可能性

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 そして、「新潮45」のコラム上で杉田議員は、メディアによる報道が人々を惑わせていると主張する。

<マスメディアが「多様性の時代だから、女性(男性)が女性(男性)を好きになっても当然」と報道することがいいことなのかどうか。普通に恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことにつながりかねません>

 同性愛者を<不幸な人>と断定している時点で、もうこの問題について語る資格がないのは明らかだが、杉田議員は「多様性を受け入れる」という価値観で社会をつくっていくことに反発。そういった報道に対しては<むしろ、冷静に批判してしかるべきではないのかと思います>としたうえで、このような言葉で原稿を締めた。

<「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません>

 その「普通であること」という同調圧力や強迫観念により、不当に差別され、苦しい生活を強いられている人々が現実にいることを、彼女は無視して政治を行うつもりなのだろうか。

 杉田議員の主張は、同調圧力の暴力を振りかざして、弱い立場にいる人々を痛めつけるものである。議員バッジをつけた国会議員が行って許される行為ではない。

 721日付日刊ゲンダイで憲法学者の小林節氏は、杉田議員は<「人権」論の本質が分かっていない>と喝破し、このように語っている。

<人間は皆、先天的に「それぞれ」に個性的な存在であるが、それをお互いに許容し合う温かい心こそが人権論の土台である。

 だから、自分とは異質な者を内心では見下しておきながら、それを単なる「区別」だと言い張り、その上で「優先順位が低い」という見下し発言をして恥じない者が権力側にいては、いけないのである>

 杉田議員は<全文を読んでから批判してほしい>と語っていたが、全文を読んではっきりしたのは、杉田議員がLGBTを差別し、迫害しようとしているということだ。もしも、それが言葉足らずで誤解されていると言うのなら、自らが伝えたかったことを改めて説明するべきだろう。

(倉野尾 実)

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